五月の御精進のほど(枕草子 九十九段)もっと深くへ!

 五月(さつき)の御精進(みしょうじん)のほど/枕草子 九十九段 もっと深くへ!  



「枕草子」とは

 現在、私たちが小説や評論とよんでいるものが、昔から存在していたわけではない事情は、『かぐや姫のおいたち(竹取物語) もっと深くへ! 』で少し詳しく書きました(こちらを)。


 平安時代の初期(1200年ほど前)に、漢字を元にしてひらがな・カタカナが発明され、そうして初めて、私たちが日常使っている言葉で、心情や情景の文章表現ができるようになっていったのです。このようにして、かな文字で書かれる物語という新しい文学に発展していきました。文学史的には、こうして、架空の人物や事件を題材にした〈作り物語(「竹取物語」など)と、歌の詠まれた背景についての話を文字化した〈歌物語伊勢物語)の二つが成立したとされています。

 さらに、見聞きしたことや、自然・人事についての感想・考え・評価などを自在に記す随筆〉として、千余年ほど前清少納言によって『枕草子』が書かれた。中宮定子(ちゅうぐうていし)に仕えた宮中生活の体験や、感性光る「ものづくし」を自在に著わした「をかし」の文学と言われている。『枕草子』も、日本人独自の感受性、ものの見方、思考の組み立て方の原型の一つとなっているといえます。



三種の章段

 『枕草子』は、内容から三種の章段で分類されています。

類集(るいしゅう)的章段…「山は」「市は」や「すさまじきもの」「にくきもの」などの形で始まるもの。ものづくし

日記的(回想的・実録的)章段…特定の場所・時に清少納言が見聞きしたことなどを記録したもの。

随想的章段…自然や人事についての感想を書いたもの。


 「五月の御精進のほど」は、日記的(回想的・実録的)章段になります。

枕草子「五月の御精進のほど」本文/現代語訳こちら

平安貴族のレクレーション

 三斎月(さんさいげつ)といって、正月・五月・九月に、戒を守り仏事をおさめ潔斎をして精進(しょうじん)した。五月の精進のころ雨続きがうっとうしく、作者が「ほととぎすの声を聴こう」と提案、女房四人ほどで、中宮のお許しがあり出かけた。
 時は五月の初旬、ほととぎすは夏を代表するような風物。その声を聴きたくてうずうずしていたのです。それは、五月の初旬であったこと。また、雨がちでうっとうしい日が続いていて、気晴らしがしたかったということもあります。そして、御精進の時で、なんとなく、陰気な気持ちであったこともあります。
 だいたい同じ長さの短い句が、次々に重ねられているとともに、場面がパッパッと変わっていく。はずむ心が文体から感じられます。
 途中で弓の競射をしていたが興味がわかず通り過ぎた。
 中宮様の叔父明順(あきのぶ)の家に立ち寄ると、田舎家であるが風情があり、ほととぎすがしきりに鳴く。中宮にお聞かせできぬのが残念だ。田舎の生活をいろいろ紹介して、ご馳走を出してくれる。そんなわけでほととぎすの歌を詠むのを忘れてしまったが、雨が降り出したので急いで車に乗った。ほととぎすの鳴き声を聞きに行ったのだから、それについての歌を詠むのは常識
 あたり一面に咲く卯の花を車全体に飾り付けたら、あるじの侍従が追ってきて、車の様子を見て笑ったりなどした。
 宮中に帰り着くと、中宮からほととぎすの歌や侍従への返歌を所望されたが、作者は気が進まぬままに断った。

 そんな内容の記述に続いて「二日ばかりありて」と始められる。


中宮の〈笑い〉

 宰相の君が、ほととぎすのことを話題にせず、食べ物の下蕨(したわらび)のことだけを言ったのを、中宮は「風流ではありませんね」とお笑いになった
 作者が下の句「ほととぎすたづねて聞きし声よりも」をつけたところ、中宮は「低級な食べ物だけの趣味だと思ったら、ほととぎすをよみこんだのね」とお笑いになった
 作者がまずい歌を詠んで親(清原元輔もとすけ)の名を辱(はずかし)めたくないと言ったことを、中宮はうまい弁解だと思ってお笑いになった


歌を詠まない理由

 中宮が、夜が更(ふ)けて女房達にお題を出して歌を詠ませる。作者は女房仲間から離れて詠もうとしない。伊周(これちか)から責められても詠歌しない。
 そんな作者に中宮が、「元輔(作者の父清原元輔もとすけ)が後といはるる君しもやこよひの歌にはづれてはをる」と詠みかけた。作者は「その人の後といはれぬ身なりせばこよひの歌をまづぞよままし」と返した。中宮は、「あれほどの歌人の娘が歌を詠めないなんて、おかしいわ」とからかっていることになる。作者は、「私が歌を詠んで、父の名を汚したくないのです」弁解している

 1000年前、后妃(こうひ)とそれに仕えていた女房達の振る舞いや会話、それに、ここではレクレーションのようすも詳しく書かれていてとても興味を惹かれます。

 1000年前の人の文章、特に女性の文章が残されているのはこの日本だけ。その幸運を味わいながら読み味わいましょう。

枕草子「五月の御精進のほど」本文/現代語訳こちら

春はあけぼの(第一段)
枕草子



解答/解説

問1 みそうじん (「みしょうじん」も可。本文では「ん」の無表記。)

問2 連歌

問3 (中宮は)宰相の君が食べ物の「下蕨」のことだけを言い、ほととぎすのことを言わないので、いじきたなくて風流な心に欠けると思ったから。

(非難しているのではなく、からかってその場を楽しい雰囲気にしようとしているのです。)

問4 とてもおそばにお控え申し上げられそうにない気持ちがいたします

(「」は後の打消意志の助動詞「まじき」と呼応して、~デキナイ・ラレナイの意。「さぶらふ」は控える・仕えるの謙。「はべる」は丁寧の補助動詞、「なむ」の結びで連体。)

問5 

問6(1) 歌を詠みたくないのなら詠まないでよいとご許可いただいていますので

(「さること」は、前段の中宮の言葉の「ただ心に任す。我はよめとも言はじ」を受けている。)

  (2) 受ける・聞くの謙譲語で、作者が中宮に敬意を表す。

問7 hは、有名な歌人の娘なのに歌を詠まないのはおかしいという論理。iは、有名な父の名を汚したくないので詠めないという論理。

(清少納言の父は清原元輔、その父深養父フカヤブとともに有名な歌人で梨壺の五人のひとり。中宮は、「あれほど有名な歌人の娘が歌を読めないなんて変だわ」とからかっているのであり、清少納言は、「元輔の娘でなかったら詠みますのに」と答えていることになる。)

問8 清少納言・随筆・平安時代中期・定子


          
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2013/10/18


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