無常といふ事(小林秀雄) もっと、深くへ!

 無常といふ事 

(小林秀雄) 

 もっと、深くへ! 



歴史に出会うとは

 日本語で書いてあるけど、何が書いてあるの…???と思う人、いるのでは…。現代、読みやすくて分かりやすい文章がよしとされ、マニュアルやテンプレートが完備していて、個人が必死に考えて書く、そのように書かれた独自で濃密な文章を必死に読み解くという機会が少なくなったということもできるでしょう。全体を要約します。
 
 
 比叡山を歩いていて『一言芳談抄』の一文が心に浮かび、そのあやしい感じが今になって気にかかる。その時の不思議に「満ち足りた時間」が、「思い出す」という歴史への対し方であったのかもしれないと思う。解釈を拒絶して動じないものだけが美しい。歴史も、新しい見方や解釈を受け付けない、動かしがたい形をもつものである。上手に思い出すことは難しいが、常なるものを思い出し、無常を知ることがだいじである。
 
 
 新しい知識や制度によって人間や社会はより理想に近づきつつあると考える進歩主義近代主義とは対極にある文章。進歩主義(近代主義)とは、例えば、このサイトでは丸山真男さんのような考え方(こちらにあります)。過去の人々は封建的な制度・モラル・因習、無知に束縛されていたが、自由や権利、理性を拡大することでより理想や真理に近づいていくというようなこと。そんな考え方を小林秀雄さんは「過去から未来に向かって飴の様に延びた時間という蒼褪めた思想(僕にはそれが現代における最大の妄想と思われるが)」と言っているわけです。(ちなみに、丸山さんの文章は小林さんのより後の時代に書かれたもの。)
 
 そもそも過去とは、さかのぼればさかのぼるほど「封建的な制度・モラル・因習、無知に束縛されていた」暗愚な時期と一面的にとらえられるのか…?そうとらえた時点でその過去とは実在しない虚構の過去なのでは…?それを否定したり克服するというは無意味なのでは…?むしろ現在をも歪めるものでもある…。そんな発想が存在することを知っていてもいいと思います。
 
 
 先の要約を極小化すると、無常」に徹することによって、虚心に歴史に入っていくことができるということになります。現代的視点とか科学的分析などと次々に唱えられるが、ほんとうは、そういうものから自由になったときにはじめて真の歴史に出会うことができると理解してもよいと思います。

 
 近代合理主義唯物史観(★)などのできあいのとらえ方に根底的に懐疑的な立場から、独自の歴史観が語られています。と同時に、歴史や芸術などについて書くことは、歴史や芸術に従属する位置にあるのではなく、詩や小説と等価値なもの、言い換えると、批評を書くことは〈作品〉を書くことだという意識で書かれているともいえるでしょう。
 
 ★唯物史観…原始共産制→古代奴隷制→中世封建制→近代資本制と歴史は段階的に発展していくものだとする歴史観です。これまで進歩的知識人を惑わし続け、現在の北朝鮮や中国の建国の礎(いしずえ)となっている歴史観。

 それにしてもとても難解な文章。

 鎌倉時代を「思い出す」の思い出す」は、「考える」「解釈する」の対極にある。ここでは、『一言芳談抄』によって、巫女の姿を真似た年若い女房が小林秀雄の心中で眼前に蘇ったこと、そのことによって、「時代の精神」に「順応」し鎌倉時代を「生きていた」ということらしい。

 「生きている人間」は、まだ「はっきりしっかりとし」た形をしていないので、美しくないが、それが死んで初めて「動じない美しい形」を、そして「のっぴきならぬ人間の相」を獲得する。よって生きているうちは「人間になりつつある」状態、すなわち「一種の動物」であるとしか言いようがない。
 「記憶」とは歴史を「解釈する」ことでもたらされた知見に過ぎない。対して、「思い出」は「僕らに余計な思い」(解釈)をさせることがない。「思い出が、僕らを一種の動物であることから救う」。

 「無常」は死んだ人間の「動じない美し」さとは対極にある。あれこれ余計なことを「考え」たり「解釈」したりして、結局何一つ「わかったためしが」ない現代人のありさまだ。「常なるものを見失ったから」だ、としているわけです。




無常といふ事 問題解答(解説)

問1 解答例…来世での往生(6字)


問2 解答例…「一言芳談抄」の一文を「徒然草」に遜色はないなどと、比較検討する(合理的な)つまらないことを考えてしまう。


問3 解答例…比叡山で味わった感動を再び今味わうことができないのはどうしてかと思索の迷路に導かれ行く状態。

(結局は、「僕は決して美学には行き着かない」=その合理的な結論にたどり着こうとは思わないとされています。)


問4 解答例…真の歴史を見い出す入り口に立った (「真の歴史を尋ね当てた」なども。)

(鴎外が晩年「新しい解釈などでびくともするものではない」=「解釈を拒絶して動じない」真の歴史を書き記そうとした、ということです。)


問5  

(「疑問」と「納得」、矛盾する気持ちが共存した反応。)


問6 解答例…「人間になりつつある」の「人間」は、「死んでしまった人間」。彼らは「はっきりとしっかりとして」「まさに人間の形をしている」。「生きている人間」は、やがて死んで、それから「人間」になるのだから、今は「人間になりつつある一種の動物」ということになる。

人間になりつつある」の「人間」とは、「はっきりとしっかりして」「まさに人間の形をしている」ととらえられ、「生きている人間」は「何を考えているのか何を言い出すのやら、仕出かすのやら…解った例しが」ない(うつろいやすく頼りない)ものととらえられている。


問7 解答例…「記憶する」は、過去を分析したり整理したりして解釈して理解することである。「思い出す」は、過去を心をむなしくしてよみがえらせること。


問8 歴史の新しい見方とか新しい解釈とかいう思想

(5段落冒頭にあります。)


問9 解答例…「妄想」から逃れることができる機会

(直前の「過去から未来に向かって飴の様に延びた時間という蒼褪めた思想」=「現代における最大の妄想」「から逃れる唯一の本当に有効なやり方」に着目できる。20字の字数制限で書けることとなります。)


問10 のっぴきならぬ人間の相  動じない美しい形







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