『源氏物語』とは
源氏物語は、今から1000年余前(平安時代中期)、藤原道長の娘である中宮定子(ていし)に仕える紫式部によって書かれた。先行する伝記物語(「竹取物語」など)・歌物語(「伊勢物語」など)・日記文学(「蜻蛉日記」など)の表現史的蓄積の上に、このような高度な表現を達成することができたといわれる物語文学。
四代の帝(みかど)の七十四年間にわたって、五百名にものぼる登場人物を見事に描き分けて壮麗な虚構の世界を展開。
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光源氏と藤壺の宮 原文
源氏の君は、御あたり去り給はぬを、ましてしげく渡らせ給ふ御方は、え恥ぢあへ給はず。いづれの御方も、われ人に劣らむと思いたるやはある、とりどりにいとめでたけれど、うち大人び給へるに、いと若ううつくしげにて、切に隠れ給へど、おのづから漏り見奉る。母御息所も、影だにおぼえ給はぬを、『いとよう似給へり』と、典侍の聞こえけるを、若き御心地にいとあはれと思ひ聞こえ給ひて、常に参らまほしく、なづさひ見奉らばやとおぼえ給ふ。上も限りなき御思ひどちにて、『な疎み給ひそ。あやしくよそへ聞こえつべき心地なむする。なめしと思さで、らうたくし給へ。つらつき、まみなどは、いとよう似たりしゆゑ、かよひて見え給ふも、似げなからずなむ』など聞こえつけ給へれば、幼心地にも、はかなき花紅葉につけても心ざしを見え奉る。こよなう心寄せ聞こえ給へれば、弘徽殿の女御、またこの宮とも御仲そばそばしきゆゑ、うち添へて、もとよりの憎さも立ち出でて、ものしと思したり。
世にたぐひなしと見奉り給ひ、名高うおはする宮の御容貌にも、なほ匂はしさはたとへむ方なく、うつくしげなるを、世の人、光る君と聞こゆ。藤壺ならび給ひて、御おぼえもとりどりなれば、かかやく日の宮と聞こゆ。
光源氏と藤壺の宮 現代語訳
源氏の君-まだ源姓にはなっておられない皇子であるが、やがてそうおなりになる方であ るから筆者はこう書く。-はいつも帝のおそばをお離れしないのであるから、自然どの女御 の御殿へも従って行く。帝がことにしばしばおいでになる御殿は藤壼であって、お供して源氏 のしばしば行く御殿は藤壼である。宮もお馴れになって隠れてばかりはおいでにならなかった。 どの後宮でも容貌の自信がなくて入内した者はないのであるから、皆それぞれの美を備えた人 たちであったが、もう皆だいぶ年がいっていた。その中へ若いお美しい藤壼の宮が出現されて その方は非常に恥ずかしがってなるべく顔を見せぬようにとなすっても、自然に源氏の君が見 ることになる場合もあった。母の更衣は面影も覚えていないが、よく似ておいでになると典侍 が言ったので、子供心に母に似た人として恋しく、いつも藤壼へ行きたくなって、あの方と親 しくなりたいという望みが心にあった。帝には二人とも最愛の妃であり、最愛の御子であった。
「彼を愛しておやりなさい。不思議なほどあなたとこの子の母とは似ているのです。失礼だ と思わずにかわいがってやってください。この子の目つき顔つきがまたよく母に似ていますから、この子とあなたとを母と子と見てもよい気がします」
など帝がおとりなしになると、子供心にも花や紅葉の美しい枝は、まずこの宮へ差し上げた い、自分の好意を受けていただきたいというこんな態度をとるようになった。現在の弘徽殿の 女御の嫉妬の対象は藤壼の宮であったからそちらへ好意を寄せる源氏に、一時忘れられていた 旧怨も再燃して憎しみを持つことになった。女御が自慢にし、ほめられてもおいでになる幼内 親王方の美を遠くこえた源氏の美貌を世間の人は言い現わすために光の君と言った。女御とし て藤壼の宮の御寵愛が並びないものであったから対句のように作って、輝く日の宮と一方を申 していた。
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「光る君」、「輝く日の宮」と称えられる二人
桐壺の更衣とその母君の逝去(せいきょ)、若宮の臣籍降下と語られてきた、桐壺の更衣にかかわる一連の事件は一段落しました。
溺愛していた桐壺の更衣に先立たれ、帝は悲しみの淵に沈んでいました。そんな時、先の帝の第四皇女が桐壺の更衣に似ているという話を聞き、入内(じゅだい。天皇や東宮の妃として宮中に入ること)を懇望します。皇女の母君はしぶっていましたが、その母君も亡くなり、帝の懇望を受け入内(じゅだい)なさいました。この方を藤壺の宮と申し上げます。宮は帝のご寵愛を受けますが、源氏の君もこの宮が亡き母君の面影に似ていると聞き、宮を慕わしく思います。帝のおとりなしで、源氏の君はますます宮に心を寄せるようになります。
世人は、その美しさから、源氏の君を「光の君」、宮を「輝く日の宮」と並べ称しました。十一歳の美少年と十六歳の美少女ということになります。
源氏の君の宮への好意は、母を慕う気持ちと同時に、異性に対する思慕の情が秘められているようです。藤壺の宮は、父君桐壺の帝の正妻であり、継母であることを忘れてはいけません。
この二人の男女がこれからどのような運命をたどることになるのか…好奇心を駆り立てるようにして、いったん筆がおかれます。
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藤壺の入内(源氏物語②)~「光る君」、「輝く日の宮」と称えられる二人 part 1はこちらへ
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