絵物語のすさび(『源氏物語』蛍)~紫式部、光源氏に物語論を代弁させる


 「絵物語のすさび」 
 『源氏物語』(蛍の巻)  
 ~紫式部、光源氏に物語論を代弁させる 



「絵物語のすさび」(蛍)を現代語縮約で

 源氏の大臣(光源氏)は、六条院のあちらこちらに散らかっている絵物語に気づいて、玉鬘にこう言いました。

「もう、困ったものだね。女性って本当に、嘘とかに騙されやすいものだよね。本当の話は少ないのに、それを知りつつもこんな物語に夢中になるなんて。梅雨のせいで髪が乱れてしまうのも気にせずに、熱心に書き写しているんだからね。」

と言って笑いました。

 でも、源氏は続けてこうも言いました。

「それにしてもね、こういう物語がないと、退屈な時間をどうやって過ごすか分からないよ。それに、物語には、たとえ作り話でも、なるほどと思える人情が描かれているんだ。とても可愛らしい姫君が悩んでいる場面などを見ると、ちょっと心が惹かれるよね。また、現実にはありえないような大げさな出来事も、意外と興味深いんだ。この間、幼い明石の姫君が女房たちとそんな話をしているのを耳にしたんだけど、世の中には話が上手な人がいるね。」

と。


 これを聞いて玉鬘は、

「なるほど、自分で嘘をつき慣れている人なら、そういうふうに推測するでしょうけど、(私には)ただ本当のことだとしか思えません」

と言って、今まで使っていた硯(すずり)を脇に押しやりました。

 それを見た源氏は、

「なんだか、無風流なことを言ってしまったね。物語だって、神代から世の中のいろんな出来事を書き留めているものだと思うよ。『日本紀』みたいな歴史書は一面的な記録にすぎないけど、物語にはもっと詳しいことが書いてあるんだ」

と笑いながら言いました。

 さらに、源氏はこう続けました。

「誰それの実際の身の上話を書いているわけじゃないけど、物語にはこの世に生きる人のさまざまな姿が描かれている。何度読んでも心惹かれることが後の世にも伝わるようにってね。良いことも悪いことも、この世で起こった出来事だし、外国の物語だって同じように作られているよ。現代の物語も昔の物語も、根本的には同じだ。そして、仏教の教えにも似たようなことがあって、方便と呼ばれる教え方がある。これを考えると、物語にも何かしらの意味があるんだよね。」

 こうして、源氏は物語の存在価値について、丁寧に説明したのでした。





絵物語:長雨の時期の慰み
 長雨が続いて手持無沙汰な中、六条院の女性たちは絵物語を読み書きして時を過ごしています。絵物語とは、物語のいくつかの場面を絵に描いたもの。それを見ながら、本文を侍女に読み上げさせて楽しむのが、身分ある姫君の物語の享受の仕方でした。他人から借りた絵物語を、その絵と本文を書き写すことがなされていて、それは人手を要する大仕事でした。
 
  明石の君は絵物語を趣深く仕上げ、それを紫の上のもとにいる明石の姫君に届けています。

 玉鬘(たまかずら)は、地方で育ったため絵物語が珍しく、熱心に書き写したり読んだりしています。玉鬘のもとには、物語に詳しい若い女房たちが多く集まっています。 玉鬘は、絵物語に登場する人物の境遇を見ながら、自分自身の境遇と比べて、物語に大きな関心を寄せていることが語られています。 


源氏と玉鬘の会話:物語をめぐるやり取り

**1. 物語に対する皮肉と共感:**

 光源氏玉鬘が物語を読みふけっているのを見て、「女は騙されやすい生き物だ」と揶揄(やゆ=からかう)します。これは、虚構である物語に熱中している玉鬘をからかいながらたしなめているようです。

 しかし、一方で光源氏は「こういう世間の古物語でなくては、ほんとうに何によって、紛らしようもない所在なさを慰めることができよう」と語り、物語が心の慰めとなる側面も認めています。これは当時の男性貴族の一般的な物語観であったともいえそうです。

**2. 物語の多様性と魅力:**

 光源氏は、「いつわりごと(を書いた物語類)」の中に、しみじみした人情を描いたもの、美しく哀しい場面を描いたもの、ありえないことを大げさに描いたものなど、様々な物語が存在することを指摘します。そして、それぞれに異なる魅力があると認めます。特に、「かわいらしい姫君が物思いに沈んでいる(場面を描いた)のを見ると、ちょっと心が惹かれるものだ」と、物語の感情移入する光源氏の共感が語られます。

**3. 物語の虚構性と真実性:**

 光源氏は、物語が「誰それの身の上と言って、事実をありのままに書きだすことはない」と述べ、物語が必ずしも現実をそのまま反映しているわけではないことを認めます。しかし、同時に「よいことでも悪いことでも、この世に生きる人のありさまで、いくら見ても見飽きず、何度聞いてもなお心惹かれるようなことを、後世にも言い伝えたいようなさまざまなことを、自分の心中に納めておくことができずに、言い残し始めたものなのです」と語り、物語は事実を語っていないとしても、人間の心の真実を伝えることができるという考えを示します。

**4. 物語と仏法の類似性:**

 光源氏は、物語を仏法の「方便」になぞらえて説明します。仏法では、人々の理解を深めるために、様々な教えを「方便」を用いて説きます。これは、一見すると矛盾するようなことを説きながら、奥義に達しさせようとするものだとしているようです。

**まとめ:**

 光源氏の言葉は、物語が虚構でありながらも、心の慰め、真実の伝達、人生の真相の描出など、様々な役割を果たせることを示しています。
 ここでは、「源氏物語」の作者紫式部は自身の物語観を光源氏に代弁させる形で語っていると考えられています。


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