楊貴妃
長恨歌(白氏文集)
美女の描かれ方
=中華 vs 日本
「長恨歌(ちょうごんか)」とは
安禄山(安史)の乱(こちらを)によって、悲しい結末を迎えた玄宗皇帝(げんそうこうてい)と楊貴妃(ようきひ)との恋愛事件を、史実と世間で伝えられている物語とを美化し、さらに舞台を仙界にまで広げる虚構を交えて、美しい純愛の物語としてうたいあげた作品です。「長恨歌(ちょうごんか)」とは、永遠に尽きることのない悲しい恋の恨みの歌という意味の題と考えられます。
七言古詩の形式(こちらを)に依って作られ、120句(行)からなります。唐時代の詩人、白居易(はくきょい)によって書かれました。
白居易(はくきょい)とは
Chinaの唐中期の詩人。字(あざな)は楽天(らくてん。これより白楽天とも呼ばれます)。
詩文を集めたものが『白氏文集(はくしもんじゅう)』で,そのなかでも「長恨歌」「琵琶行(びわこう、こちらを)」などの長編物語詩は有名。
わが国の平安時代,白居易(はくきょい)の詩文は貴族たちに欠かせない教養となりました(たとえばこちら)。
唐の玄宗皇帝(げんそうこうてい)は、絶世の美女楊貴妃(ようきひ)を手に入れましたが、その寵愛(ちょうあい)が過ぎて、政治をおこたり、ついに安禄山(安史)の乱をまねくことになりました。長安から蜀(しょく)の成都をめざして逃れていく途中、楊貴妃は殺され、玄宗は蜀(しょく)の地で悲しく孤独な日を送るのでした。二年後、玄宗は長安に戻ることができましたが、亡き楊貴妃への思いはつのるばかりです。そこで、道士(こちらを)に頼んで、その魂のありかを探させました。道士は天上天下(てんじょうてんが)黄泉(よみ)の国までくまなく探し求めた末に、ようやく海上の仙宮(せんきゅう=仙人が住む宮殿)に楊貴妃を捜しあてました。楊貴妃は離別いらいの気持ちを述べ、道士と直接会えたしるしの品として、鈿合金釵(でんごうきんさい)を道士に託しました。そして、その昔玄宗と交わした連理比翼(こちらへ)の誓いの言葉を伝えるのでした。
長恨歌(『白氏文集』)1/3の原文/書き下し/現代語訳はこちらへ
長恨歌(『白氏文集』)2/3の原文/書き下し/現代語訳はこちらへ
長恨歌(『白氏文集』)3/3の原文/書き下し/現代語訳はこちらへ
美女の描かれ方、中華 vs 大和
●(皇帝に謁見の日、)彼女がひとみをめぐらしてにっこりすると、この上ないなまめかしさにあふれていた。(★1)
● こりかたまった脂(凝脂)のような、なめらかでつやのある白い肌をしていた。(★2)
●(初めて恩沢を受けるため入浴した温泉の水は滑らかで)なまめかしくなよなよとして立ち上がる力もないほどであった。(★3)
● 雲のように豊かな髪に、花の開いたように美しい顔、そしてきらきらと揺れる黄金のかんざしをさしていた。(★4)
● (仙山での)美しい顔はさびしげで、涙の流れるさまは、一枝の梨の花の上に春の雨がはらはらと降りかかってぬれているかのようである。(★5)
★1 迴眸一笑百媚生
★2(温泉水滑洗)凝脂
★3 起嬌無力
★4 雲鬢花顔金歩揺
★5 玉容寂寞涙闌干 梨花一枝春帯雨
一方、「源氏物語」は近代でいう小説に相当するもので、その小説を女性としては世界史上初めて書いたとされる紫式部(むらさきしきぶ)は、女性の美しいさまを次のように書いています。
光源氏(ひかるげんじ)の友人でありライバルでもある頭中将(とうのちゅうじょう)の子息柏木(かしわぎ)が、光源氏の年若い正妻の女三宮(おんなさんのみや)の姿を偶然目にした時。
●髪のすそまで美しく見えていて、糸を垂らしたようになびいて、髪の末がきれいにそろっているのは、かわいらしく、小柄なので七、八寸(約20~24㎝)ばかり余っている。衣の裾(すそ)が余っていて、体つきは細く、姿かたちや髪のかかり具合、その横顔は、言葉に言えぬほど上品で可愛らしい。(★6)
また、「源氏物語」の女主人公と言える紫の上(むらさきのうえ)について、紫の上の義理の子息にあたる夕霧(ゆうぎり)が、強い風の吹く朝、廂(ひさし)の間(ま)に座っている紫の上の姿を偶然目にした時。
●気高く清らかで、ぱっと輝く感じがして、春の曙の霞の間から、美しい樺桜(かばざくら。動画はこちらへ。動画の1:10から「石戸の蒲ザクラ」が見られます。)が咲き乱れているのを見る感じがする。(★7)
★6 御髪のすそまでけざやかに見ゆるは、糸をよりかけたるやうになびきて、裾のふさやかにそがれたる、いとうつくしげにて、七、八寸ばかりぞ余りたまへる。御衣の裾がちに、いと細くささやかにて、姿つき、髪のかかりたまへる側目、言ひ知らずあてにらうたげなり。(該当する「若菜上」はこちらへ。)
★7 気高くきよらに、さとにほふ心地して、 春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。(該当する「野分」はこちらへ。)
「長恨歌」の特色は、楊貴妃の身体の具体的な部位に着目して、髪が豊かで美しいことを「雲鬢(うんびん)」とし、肌が白く滑らかなことを「凝脂(ぎょうし)」=「凝り固まった脂」とし、美しい顔立ちを「花顔(かがん)」といずれも比喩表現で表しているてんです。リアルで鮮明でわかりやすいといえます。
一方、「源氏物語」では、夕霧や柏木という貴公子(男性)の目に女性の美しさがどう見えたかを紫式部は書いていることになります。
女三宮を髪の長さや着物や体つきなど、身体の細部ではなくおおづかみにとらえ、全体としてただよわせている雰囲気を「あてにらうたげなり(上品でかわいらしい)」としています。
また、紫の上については、春の曙(あけぼの)の霞(かすみ)の間から美しい樺桜(かばざくら。動画はこちらへ。動画の1:10から「石戸の蒲ザクラ」が見られます。)が咲き乱れているのを見る感じと表現し、身体性を超越した美しさが具現しているかのように描かれているようです。
「白氏文集」は「源氏物語」成立の約60年前に書かれています。いずれも今から1000年余前になり、現代からは同時代といってもよいでしょう。いずれも1000年を越えて長く愛唱愛読されてきました。
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【動画】伝説の美女 楊貴妃 西安纪行
ナビゲーター : 藤原紀香
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「長恨歌」1/3 解答(解説)
問1(1)漢の武帝 (2)玄宗皇帝
(当代の皇帝を歌うのをはばかって、李夫人を愛した漢の武帝に擬している。)
問2b 絶世の美人(一国の人を傾けなびかせるほどの美人。傾城も同じ意味。)
c 治世(「御」は治める、「宇」は天地四方でありこの世の意。)
e 色あせて見える(精彩を失って、見栄えがしない。)
f なまめかしい
j 諸侯として領土を持つ
k なんとまあ(驚嘆)
l 近衛兵(君主・皇帝を護衛する軍、六部隊に編成されていた。)
m 美しい眉(美人の意。ここでは楊貴妃のこと。)
問3d むすめ g とばり h より i かんか
問4① 生まれながらの麗しい姿態は、そのまますてておかれるはずもない
② 雲のように豊かな髪、花の開いたように美しい顔、きらきら揺れる黄金のかんざし(をさした楊貴妃)
問5③ 遂に天下の父母の心をして男を生むを重んぜず女を生むを重んぜしむ
(「使・令AB」→ AをしてBせしむ=使役 AにBさせる。)
問6 安禄山の乱
問7(1)白居易(白楽天) (2)唐(中期) (3)七言古詩
「長恨歌」2/3 解答(解説)
問1a あんぐう b えんおう c こんぱく d かつて
問2① 人行くこと少にして
③ 去る(こと)能はず
④ 如何ぞ涙垂れざらん
⑤ 曙けんと欲する天
⑥ だれとともにせん
問3 馬嵬の楊貴妃の殺された場所
問4 彼は真心を込めた念力で、魂を招き寄せることができる(ということであった)
問5 イ 孤 ロ 梨 ハ 夕 ニ 旌
問6 玄宗 楊貴妃
「長恨歌」3/3 解答(解説)
問1(1)たちまち(「ふと」の意。) (2) 聞いたことには(「道」は助字。ナラク、~コト。)
問2 鈿合金釵 (次句にある。)
問3d 比 (「比翼」は、二羽の鳥が翼を並べること。転じて、男女の仲睦まじい様子の喩え。)
e 連 (「連理の枝」で、1本の木の枝が他の木の枝と連なって木目が通じ合っていること。夫婦・男女の間の深い契りをたとえていう。)
問4① 海上に仙山有り (返読文字の「有」、A有B⇒ AにB有り。)
② 小玉をして双成に報ぜしむ (使役の句法。教AB ⇒ AをしてBせしむ。報〈述〉+双成〈補〉。)
⑤ 心をして金鈿の堅きに似せしめば (使役の句法。令AB ⇒ AをしてBせしむ。似〈述〉+金鈿堅〈補〉。)
問5 一枝の梨の花の上に、春の細かい雨が降りかかって濡れているかのようであった
問6(1)「音」は玄宗の声、「容」は玄宗の姿。
(2)玄宗と楊貴妃の二人の心
問7 詞・知・時・枝・期 (現代日本語の訓読みで見当がつく。)
問8(1)白居易 (2)唐〈中期〉(3)七言古詩
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