日本紀の御局『紫式部日記』~👩平安女子のマウンティング合戦?👧

 日本紀の御局 

(にほんぎのみつぼね)

『紫式部日記』

 ~平安女子のマウンティング合戦? 

  紫式部と清少納言の関係は ? 




【動画】
日本史史上最も有名な2人の女性作家
 清少納言・紫式部の才能

 紫式部日記むらさきしきぶにっき』とは、文字通り紫式部むらさきしきぶの書いた日記作品です。紫式部は、言うまでもなく「源氏物語(げんじものがたり」の作者です。その「源氏物語」の相当部分(~「若紫の巻」?)がすでに書かれていたころ執筆されたようです。

 紫式部が仕えた中宮彰子(ちゅうぐうしょうしやその父藤原道長(ふじわらのみちながをはじめ、宮廷の人々の行動が細かに観察され、自分の感慨も含めて書かれています。1000年以上昔のことで、道長家を中心とする貴族たちの言動がどういうものだったかを知ることができ、また、当時の行事や風俗を知る上でも興味深いものです。

 また、誰かにあてた手紙風に書かれた文章もあります。そこでは和泉式部(いずみしきぶ 「和泉式部日記」の作者)や清少納言(せいしょうなごん 「枕草子」の作者)などの同輩の女房達について批評したり、また、自分の子供時代を回想したりしていて、これもまた興味深いものです。

 『源氏物語』は世界史上初めて書かれた長編小説です。四代の帝(みかど)の七十四年間にわたって、五百名にものぼる登場人物を見事に描き分け、和歌795首を詠みこみ、100万文字超で書き記され、壮麗な虚構の世界を展開しています。


  紫式部の怒り:日本紀の御局(にほんぎのみつぼね)を現代語で

 『源氏物語』の作者紫式部(むらさきしきぶ)が『紫式部日記』で、まず、左衛門の内侍(さえもんのないし)という同僚の女房が、自分の悪 口を言いふらしていることを怒っている次の記事があります。

第1ラウンド

① 左衛門の内侍という人がいます。 この人はわけもなく私に悪意を持っていたのだが、私には心あたりのない嫌(いや)な陰口(かげぐち)が、たくさん耳に入ってきましたよ。

主上(しゅじょう=一条天皇)が、『源氏物語』を、女房に読ませなさってはお聞きあそばされていたときに、「この人(紫式部)は、日本紀(にほんぎ=「日本書紀」)を読んでいるにちがいない。本当に学識があるのだろう。」 とおっしゃったのを聞いて、左衛門の内侍が、ふと当て推量で、「あの人はひどく学問知識をひけらかしている。」と、殿上人(てんじょうびと=上級の公家)などに言いふらして、「日本紀の御局(みつぼね)」と私にあだ名をつけたのだ。 まったくおかしなことですよ。 私の実家の侍女(じじょ)たちの前でさえ、学問があるように見られることを慎(つつしん)んでおりますのに、ましてそんな所(公的な場所)で学識をひけらかしたりしましょうか(、するはずがございません)。

 うちの弟の式部丞(しきぶのじょう)が、子供の時分に漢籍を読んでおりましたときに、私はそばでいつも聞き習っており、弟はなかなか読み取れなかったり、忘れたりするところでも、私は自分でも不思議なほど早く覚えましたので、学問に熱心であった親は、「残念にも、この子を男の子として持たなかったことは、不幸なことだなあ。」と、いつも嘆いていらっしゃいました。

 それなのに、「男でさえ、学識をひけらかす人は、いかがなものでしょうか。そんな人は、はなばなしく出世することはないようですよ。」と、しだいに人が言う言葉にも耳をとめるようになってのち、私は「(いち)」という文字をさえちゃんと書くこともしませんのに、左衛門の内侍という人は全く不調法(ぶちょうほう)であきれるばかりなのです。

『紫式部日記』〜「日本紀(にほんぎ)の御局(みつぼね)」ここまでの原文/現代語訳こちら


 『源氏物語』では、四代の帝(みかど)の七十四年間にわたって、五百名にものぼる登場人物を見事に描き分けて、壮麗な虚構の世界が展開されていますこちらを)。一条天皇は、そのような独創的で高度な物語を書いている作者紫式部は「日本書紀(にほんしょき)」(=漢文で記述されている、我が国最古の正史。こちらを)を読みこなすような学識の持ち主であろうと評しているわけです。なのに、左衛門の内侍が、「(紫式部は)ひどく学問知識をひけらかしている。」と、殿上人(てんじょうびと。上流貴族層)などに言いふらして、「日本紀(にほんぎ)の御局(みつぼね)」と(私に)あだ名をつけたのだと怒り心頭に発しているのです。

 紫式部は自分は決して学才をひけらかさないように努(つと)めてふるまっているのだとむきになって主張し、さらに、少女時代は兄弟よりずっと賢くて、父親は自分が男児でないことを嘆いていたという回想談に及んでいる。しかし、自分は「一(いち)」という文字でさえまともに書けないかのようによそおって、いつも謙虚で控えめにふるまっている言っているのですが、ここまで言うと少し嫌味(いやみ)になってくるのでは…。ここでそう言わずにはいられないのは、続いて話題にしている、漢籍に通じていて評判の清少納言への対抗心からではないかとも考えられます。


  知ったかぶりの清少納言はろくでもない死に際をむかえるはず

 先の記事に続けて『枕草子』の作者清少納言(せいしょうなごん)を次のように評しています。

round 2
② 清少納言は、得意顔でとても偉そうにしておりました人です。あれほど利口ぶって、漢字を書き散らしておりますその程度も、よく見ると、まだたいそう足りないことが多い。このように、人より特別優れていようと思いたがる人は、必ず見劣りし、将来は悪くなるだけでございますので、風流ぶるようになってしまった人は、ひどくもの寂しくてつまらない時も、しみじみと感動しているようにふるまい、趣(おもむき)のあることも見過ごさないうちに、自然とそうあってはならない誠実でない態度にもなるのでしょう。その誠実でなくなってしまった人の最期(さいご=死に際)は、どうしてよいことでありましょうか(、ろくでもないはずです)

〔原文=清少納言こそしたり顔にいみじう侍(はべ)りける人。さばかりさかしだち、真名(まな)書きちらして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。かく、人に異(こと)ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、行く末うたてのみ侍れば、艶(えん)になりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、をかしきことも見すぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにも侍るべし。そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよく侍らむ。

 そこまで言うかと思うほど、とても手厳しい。

 清少納言は漢籍に通じていることを鼻にかけているが、まだ未熟なところがあると強く批判しているのは、清少納言の学識と評判高さを強く意識しているからではないでしょうか。自分は清少納言などより学識があるのに、決してそれをひけらかしたり鼻にかけるようなことはするまいと慎(つつし)んでいるのに、同じ類(たぐい)のように「左衛門の内侍という人」から言いふらされて怒っていると考えられます。

 清少納言を意識していたのは、別の見方をすると、実は、清少納言を自分のライバルになりうる才能学識の持ち主であると評価し畏怖心(いふしん)を抱いていたからともいえるでしょう。

 また、清少納言をけなすことで、その主人である中宮定子と、藤原道長の政敵となる定子の実家の藤原道隆・伊周これちかの印象を悪くし、間接的に紫式部が仕えていた中宮彰子とその父藤原道長の印象を良くしようとする政治的モチーフが隠されているのかもしれません。上にある「関係図」で理解しやすいと思います。


 いずれにせよ、1000年以上前の、世界史的にも稀(まれ)な才女こちらを)の、自負心や心ない評判に深く傷つき、不愉快に思い、怒っているさまが現代の私たちにもリアルに伝わってきます。

 また、学才に富み、帝からも褒(ほ)められるほど評判高い紫式部を嫉妬(しっと)して陰口(かげぐち)を言いふらしたという「左衛門の内侍(さえんもんのないし)という人が、1000年後の今も記録に残っているのもおもしろいですね。


「紫式部 VS 清少納言~奇しくも同時代で活躍した、天才的かつ対照的なキャラクター」もご覧ください(こちらです)。


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