光源氏の誕生
『源氏物語』
~四代の帝、七十四年間、
登場人物五百人の物語のはじまり
「源氏物語」の書き出し(現代語)
際立って寵愛をいただいた更衣
どの帝(みかど)の御代(みよ)であったか、女御〈にょうご=帝に仕える女官〉や更衣〈こうい=女御に次ぐ女官〉が大勢お仕えしていらっしゃった中に、それほど高貴な身分ではない方であったが、きわだって帝のご寵愛を受けていらっしゃる方(=桐壺の更衣)があった。
他の后妃たちのねたみと恨み
宮仕えの初めから自分こそは帝の寵愛をいただけるだろうと自負していらっしゃった女御の方々は、この方を気に食わないものと、さげすんだり、ねたんだりなさる。この方と同じ身分や、それより身分の低い更衣たちは、女御の方々にもまして心穏やかではない。朝夕の宮仕えにつけても、ひどく他の方々たちの嫉妬をかきたてるばかりで、人からの恨みを受けることが積もったためだったのだろうか、ひどく病気がちになってゆき、何となく心細そうに実家に下がることが多いのを、帝はいよいよたまらないほどいとしく不憫なものにお思いになって、人々の非難をもはばかることがおできにならず、世の話の種〈たね〉にもなってしまいそうなご待遇ぶりである。
帝側近たちの反感
上達部〈かんだちめ=最上位の公家〉や殿上人〈てんじょうびと=上級の公家〉なども、唐国でもこのような原因によって、世の中も乱れ悪いことになったものだと、だんだん世間一般でも、苦々しく人々のもの悩みの種になって、玄宗皇帝がおぼれて世を混乱させるもとになった楊貴妃の先例までも引き合いに出してしまいそうになっていくので、この更衣はとてもいたたまれないことが多いけれど、恐れ多い帝のご寵愛が比類ないのを頼りとして、ほかの女性たちの間に立ち混じって宮仕えを続けていらっしゃる。
光源氏の誕生(源氏物語/桐壺の巻)原文+現代語訳はこちらへ
母更衣の死(源氏物語/桐壺の巻)現代語訳はこちらへ
『源氏物語』とは
源氏物語は、今から1000余年前(平安時代中期)、藤原道長(みちなが)の娘である中宮彰子(しょうし)につかえる紫式部によって書かれました。先行する伝記物語(「竹取物語」など)・歌物語(「伊勢物語」など)・日記文学(「蜻蛉日記」など)の表現史的蓄積の上に、このような高度な表現を達成することができたとされている物語文学です。
四代の帝(みかど)の七十四年間にわたって、五百名にものぼる登場人物を見事に描き分けて壮麗な虚構の世界が展開されています。
光源氏の母の物語
物語はその主人公光源氏(ひかるげんじ)の母親の物語から始まります。母親の名は桐壺更衣(きりつぼのこうい)とよばれ、その桐壺更衣を寵愛(ちょうあい)した帝は桐壺帝(きりつぼのみかど)とよばれています。桐壺更衣は大納言の娘という出自(しゅつじ)で、帝の寵愛を受けるには物足りなく、格上(かくうえ)となる女御(にょうご)や同位の更衣たちから妬(ねた)まれ、さまざまな嫌がらせを受けたりします。しかし、桐壺更衣の人物像は、若くして亡くなった薄幸(はっこう)の女性という以上のことは語れていません。ただ、出自(しゅつじ)に不相応な寵愛を受けてしまったことが物語を物語として展開・発展させていく原動力となっているといえます。
この後、人々の妬(ねた)みや反感がよほど強かったからか、桐壺更衣は病(やまい)を得て、若宮(=光源氏)を残しあっけなく亡くなってしまいます。
桐壺更衣(きりつぼのこうい)の死後の更衣母北の方と桐壺帝、そして、命婦(みょうぶ)のやり取りの場面は、自然と人事とが渾然(こんぜん)として融合し、背景描写と心理の表現とが調和を保ちながら、きわめて自然に、また美しく進行していきます。『源氏物語』の中でも特に優れた名文として1000年を越えて愛誦されてきました。次第に、登場人物はその固有の境遇で固有の人間を生きるというように、表現として繊細で濃密で高度なものとなっていきます。
『源氏物語』の受容について
いまだに敗戦(1945年)の後遺症が遺っていて、日本は悪い国だ、正しい歴史認識に改めよなどと、影ばかりを言いつのることが正義であるかのような風潮があります。同じく、日本の伝統・文化や歴史の優れた点を述べることを反動として非難する風潮も続いてきました。
物事には光があれば影もあり、その逆もまた真なりと言います。私たちは先人が残してくれた優れた文化伝統を、先入見なしに理解しなければならないのではないでしょうか。私たちはどこから来たのかを正しく知り、どこへ向かっていけばよいのかを知るためにも。
いずれにせよ、「源氏物語」は、世界史上初めて書かれた長編物語であり、その他さまざまな意味で世界に類がない文学作品である(こちらを)といえます。
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