こころ(夏目漱石)1/2 ~他人が持っているものをほしくなる ?

 夏目漱石 

こころ」1/2 

 ~他人が持っているものをほしくなる ? 


夏目漱石「こころ」本文(青空文庫)はこちら

夏目漱石「こころ」本文 西村俊彦による朗読はこちら

あらすじ 

 鎌倉の海で「先生」と知り合った「私」(この小説全体の語り手)は、「先生」に心ひかれるものを感じて、「先生」の家をしばしば訪れるようになります。父親の見舞いで故郷に帰省(きせい)していた「私」(この小説全体の語り手)は、先生から届いた自殺を思わせる手紙を抱えて東京行きの汽車に乗り込みます。

 その手紙には、先生の悲しい過去の告白が綴(つづ)られていました。「先生と遺書」と名付けられている章となり、少し混乱するかもしれませんが、この章では「」は「先生」の自称(「先生」⇒「」)ということになります。信頼していた人間に裏切られたことで体験した地獄。さらに自分自身も親友を裏切ってしまったことが語られます。

 「」(=「先生と遺書」の章での「先生」)は学生時代、下宿の主である未亡人(「奥さん」)のお嬢さん(後に「先生」と結婚することとなる)に、ひそかに恋心を抱いていました。しかしある日、「」の親友であり同居人(どうきょにん)のKが「」に対して、お嬢さんに恋心を抱いてしまったと告白します。「」は純粋無垢なKに対して、恋心を断ち切らせるために「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」という一言を浴びせかけます。この一言は道のためにはすべてを犠牲にすべきという信念を貫き通すために、物質的な貧しさも精神的孤独にも耐えて生き抜いてきたKにとって、今まで生きてきたことすべてを否定することになることを計算した言葉です。そして一方では、裏で奥さんお嬢さんとの結婚を請い、許諾(きょだく)されます。「」は気まずさから、Kにこのことを言えないでいました。そして「」より先に奥さんの口から「」とお嬢さんの結婚を知らされたKはその直後自殺したのです。


Aoi Bungaku Capítulo 7 - Kokoro (Parte 1)
2012/07/29

「こころ」の持つ力

 平成、令和に生きる私たちには、作品で書かれていること、なかなか理解しにくいことが多くあるのではないでしょうか。「下宿(げしゅく)」と言われても、若い人は「何それ?」と思うかもしれません。第一「」(「先生と遺書」の「私」)のようないわゆる高等遊民は現代では、死語と言ってもいいことばになっています。また、「」とK の「お嬢さん」に対する恋愛意識も、事大主義(じだいしゅぎ)とも優柔不断(ゆうじゅうふだん)にすぎるとも言えます。さらに、「」が結婚をその相手となる「お嬢さん」を差し置いて、その母親(「奥さん」)に承諾を得るというのも現代からは理解しにくい。そしてまた、現代の私たちにとって理解しがたいと思われるのは、「」がしたような、天皇の崩御(ほうぎょ)にしたがって明治という時代に殉ずる(殉死する)と言う考え方ではないでしょうか。

 そうであるにもかかわらず、「これまでの読書生活の中で一番印象に残った本」とか「好きな著者と作品」などの調査では、夏目漱石の「こころ」は上位にランク・インします。高校の国語教科書定番で強制的に読まされているという事情もあるのでしょうか。教科書定番の作品は「羅生門」や「山月記」や「舞姫」などもあるのですが。

 この作品の何が、読書愛好家といえない人を含めて心に残る「一冊の本」になりえているのでしょうか。その一つにはこの作品の底に流れている、作者の人間を追求する視線の、非妥協的ともいえる厳しさにあると言えるのではないでしょうか。理不尽なことに耐えなければならなかったり、本当の気持ちに目をつぶってふるまわなければならなかったり、多くの場合あいまいの中で生きるしかない私たちの心に自省を促(うなが)すものとして、無意識に近いものとして残り続けるような力を持つ作品なのでしょうか。


「私」とは

 「先生」(=「先生と遺書」の「」)は、当時日本に一つしかなかった帝国大学(現在の東京大学)を卒業してスーパー・エリートになるはずの人。なのに、卒業後は仕事に就かず気ままに暮らす、いわゆる高等遊民、近代文学に常連の登場人物ともいえます。多分現在の貨幣で言えばウン億円(?)は預金があり、その金利で余裕で生活していたのでしょう。ですが、両親は亡くなり、叔父からは遺産を騙し取られ人間不信になった孤独な「先生」=「」)。

 この「先生」
=「」)、漱石が生きた明治という時代の生み出した新しいタイプの人間(現代的に言うと近代的自我)のメタファ(こちらへ)として描かれているようです。士農工商という身分制度や儒教的封建的な血縁・地縁・因習から解き放たれて、自由・独立・自主的な自己を手に入れることができました。進歩主義者(進歩主義はこちらへ)は人間はより幸福に近づいたと言うのでしょうが、漱石はまったく別の見方をしているようです。得るものがあれば失うものがある。封建的な制度やモラルや束縛からの解放は、そのことによって人は所属する場所を失い、人とのつながりを失い、どこからどこへ向って、何を目的に生きればよいのか分からなくなった、いわゆる人間のアトム化・根無し草化をもたらしたのだと。「先生」=「」)はそんな明治が生み出した新しい人間像として描かれているようです。そしていわゆる近代的人間(自己)新たな困難な課題を負うことになったのだと暗に語っているようです。

(追記2018.7.24 落合陽一さんの『日本最高戦略』(こちらへ)の「日本にはカースト
こちらへ)が向いている」から引用します。

 《カーストというと、悪いイメージがあるかもしれませんが、インド人にとっては必ずしも悪ではありません。…なぜカーストが幸福につながるかというと、カーストがあると職業選択の自由はない反面、…生まれたときから、どういう層の人々と結婚をするのかがわかっているし、誰と結婚するかも大体わかっている。また、未来において自分の子供が自分と同じ職業を得ているだろうとわかるからです。それが保証されていることは、実は「自由がなく不幸」ではなく「安心かつ康寧」なのだ…。

 突飛もない主張にも感じますが、上記のことを理解する手助けになるのでは。こんな観点も知っていれば、世界の別の見方ができるのではないでしょうか。また、この本では、イデオロギーで硬直した歴史観で語られる日本の歴史を、落合さんならではの斬新で独特の視点でとらえられていて、とても刺激的でした。)



「私」が「お嬢さん」を失いたくなかったわけ 

 明治時代は日本の近代化、資本主義化が本格的に進んでいったとされています。資本主義は私有を前提にします。私有とは自分のものにするということ。資本主義は自分のものにしたいという欲望を前提にするものといえます。自分のものにしたいという欲望が仕事や生活のモチベーションとなった時代の到来?

 「先生」=「」)は「お嬢さん」のどこに惹かれたのでしょうか…?お琴もお花もあまりうまくないと「先生」=「」)は観察していますが…。そして引き続いても…?

 ひとは他人(ひと)が持っているものは自分もそれが欲しくなる。他人が持っているものが良く見える。他人が欲しがると貴重なものと思いだす。特に身近な他人だといっそうそういう心理になるもの。「先生」(=「」)はお嬢さんが親しくしているのを見て嫉妬する。お嬢さんはもともと自分のもの!どういう手を使っても自分のものにしよう!!そしてその結果、煉獄の苦しみを味わわなければならないこととなる!!!それが人の〈こころ〉というもの…?

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こころ(夏目漱石)2/2 ~不可解で厄介で難儀なもの ! (Kの目線から語られる「こころ」を含む)こちら

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こちらは「ラジオドラマ」
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夏目漱石「こころ」(ラジオドラマ)
2014/01/16
夏目漱石「こころ」 ■作品紹介 夏目漱石晩年の代表作。 恋愛と友情の狭間で葛藤し、 利己主義化していく男の『心』を描く。 ■出演 ・私:内匠靖明 ・K:出先拓也 ・奥さん:早川昌佐(同人舎) ・お嬢さん:中森朱音 ※劇中、使用している音楽・効果音、画像は全て著作権フリーの素材です。


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