東下り(伊勢物語) もっと、深くへ!


東下り
(伊勢物語)
 もっと、深くへ!

「伊勢物語」への道

 現在、私たちが小説や評論とよんでいるものが、昔から存在していたわけではない事情は、『かぐや姫のおいたち(竹取物語)~わが国で最も古い物語の誕生』で少し詳しく書きました(こちらを)。


 平安時代の初期(1200年ほど前)に、漢字を元にしてひらがな・カタカナが発明され、そうして初めて、私たちが日常使っている言葉で、心情表現や情景描写の文字表現ができるようになっていったのです。このようにして、かな文字で書かれる物語という新しい文学に発展していきました。

 文学史的には、こうして、架空の人物や事件を題材にした作り物語(「竹取物語」など)と、歌の詠まれた背景についての話を文字化した歌物語伊勢物語)の二つが成立したとされています。


「伊勢物語」の主人公は業平

 「伊勢物語」は現在残っている最古の歌物語です。初期の日本語散文らしさを感じさせる、飾り気がなく初々しく抒情的な文章で書かれています。

 初め在原業平の家集を母体として原型ができ、その後増補を重ねて、今日の形になったようです。

 在原業平になぞえられる主人公「昔男(むかしおとこ)」の生涯が、一代記風にまとめられています。高貴な出自で、容貌美しく、色好みの評判高く、歌の才能に恵まれた人物の元服から死までのエピソード集です。ただし、業平とは考えられない男性が主人公の段もあります。

旅について

 旅行、現代では高度に発達した交通手段で速く快適に楽しく移動できます。それは1100年前の旅とは異質なもの。
 「東国(とうごく こちらへ)」など、都の人にとっては、言葉も通じない、仏教も布教していず、文化程度の低い、未開の異郷ようなものでした。まして、「すみだ河」を渡った向こうの方(みちのく=道の奥)へ渡っていくなど、たえがたいほど心細いものだったでしょう。京に残してきた女を思い「船こぞりて泣き」だしたのでした。

川について

 また、「」は、「此岸(しがん)」と「彼岸(ひがん)」という言葉があるように特別な意味のある地形でした。「彼岸(ひがん)」は異界であり、たまにそこから「此岸(しがん)」=こちら側に異形のものがまぎれてきたり、「彼岸」へ渡って行って戻ってこない人がいたりするし、「」には河童(かっぱ)など住んでいて、子供を水中に引っ張り込んで溺死(できし)させたりする…そんな場所でもあったのです。

 仏教の教えでは、此岸(しがん)とは、彼岸(ひがん)に対比される世界をいい、私たちが住んでいるこの世(現世)のこと。仏教の民間信仰の教えの一部では、仏の世界は大きな川を隔てた向こう側にあるとされ、彼岸と呼ばれる。それに対し、人間の住む世界を此岸と呼び区別しています。死後には彼岸へいくと考えられ、彼岸では、煩悩に煩わされることなく永遠に平穏無事に暮らせるそうです。それに対し現世である此岸は生きた人間であるゆえの煩悩に苦しめられ、あくせく暮らすことを余儀なくされています。また、彼岸此岸の距離は、暦により変化すると考えられ毎年、3月20日の「お彼岸」は彼岸此岸がもっともその距離が縮まると考えられている。

 そんな意識もはたいて船こぞりて泣き」だしたとも考えられます。



風景について

 私たちが暮らす現代、山上から海底まで開発され安全で便利で快適になった。それは同時に風景が平均化均質化され、金太郎化してしまったともいえる。そのスポットごとにイマジネーションをかきたてる力を奪ってしまい、その場所や風景が生み出す物語の源泉を失ってしまったともいえる。得るものがあれば失うものがある。その代わりディスプレー上のバーチャルな人やものや風景にイマジネーションを掻き立てられるのが現代とも言えますが。

夢について

 相手が自分のことを思っていると自分の夢枕に相手が出てくると、昔の人は思っていたとされ、「現実」と「」も現代の我々のようには考えていなかったらしい。われわれは「現実」と「」の二つの世界に生きているのであって、一方の世界がもう一方の世界に紛れ込んだり、両方の世界がミラーリングすることがあるとも考えていたようです。そういえば、堀江貴文(ホリエモン)さんが、「夢を見ているときにイメージしていることは面白いですよね。何かぼやっとしているけど、実はすごい明確だったり、普通に起きているときとあんまり変わらないですよね。」と語っていた「儲けたいなら科学なんじゃないの?」(朝日新聞出版)ことを思い出しました。この本、おもしろかった。

古典を読むとは

 かなり横道にそれすぎなんだけど、古典を読む時、今現在の自分を絶対化しないで、知識を得たり想像力を働かせて昔の人の感受性や思考の組み立てかたにできるだけ近づき、語られている事柄を追体験することが大切。それが古典を読む楽しみであり、意味の一つでもあると思います。

【参考動画】東下り 伊勢物語 現代語訳付き




東下り 解答(解説)

問1 ① なれにし 連体形、 見し 連体形←(第一、第二段落にある。)
   ② 負はば  持っているのならば←(最後にある歌で使われています。「負ふ」は現代語と同じで「背負う」の意だが、「名に負ふ」で「名として持つ」という意味で使われていました。インプット!)

問2 a 都には住むまい←(「あり」には、住む・暮らす・生活するの意味があります。「」は、打消意志の助動詞の終止形、現代語の「~マイ」。)
   c 思いがけなくつらい目に遭うことだと思っていると(時に)←(「すずろなり」は、なんとなく…だ、むやみだ、おもいがけない、など意志に関係なくことが進むさまことを言う語でinputしにくい。「見る」には、会う・試みる・体験する・世話をする・夫婦となるなど多様な意味で使われます。コンテクストで確定しましょう。ここでは、「体験する」の意で、「遭う」とより現代語風に口語訳しています。)
   d どうしていらっしゃるのですか←(「いかで」は、どうやって・どのようにして・どういうわけでの意の呼応の副詞。「います」はサ変(中古以後)で、「あり」「行く」「来」の尊敬語、いらっしゃるの意。「」は係助詞、「いまする」が連体形で結びとなってる。)
   e 無事でいるかどうか←(「あり」には、生きている・無事でいるという意味がある。aの「住む・暮らす・生活する」にプラスしてインプット。「」は2つとも疑問の係助詞で、ここでは文末用法ー現代語と同じ使い方ーなので結びは関係ない。)

問3 据ゑ←(ワ行下二段動詞は、「植う」「飢う」「据う」の3語。文法基本知識! 「かきつばた」という5文字を歌の各句の初めにおいて、というコンテクストだから「据う」を選び、「て」に続くのでその連用形が正解となる。)

問4 ①枕詞  ②序詞  ③縁語  ④掛詞←(「折句」を含み歌の修辞のほぼすべてが使われているので、しっかりインプット!)


a.Q
1.乾飯(ほしいい)が熱い涙でふやけてしまったということ。誇張表現をして面白さを意図した。

2.解答例1)現(うつつ)だけではなく夢の中でも恋しいあなたにお目にかかれません。あなたは私のことなど、もうお忘れになったのでしょうか(私を思う心があれば、せめて夢の中なりと、お姿をお見せくださってよいはずです)という気持ち。

  解答例2)私はこんなに恋しく思っているのに、あなたに夢の中でも会えないということは、あなたは私のことを思っていてくれないからでしょうか(私を思う心があれば、せめて夢の中なりと、お姿をお見せくださってよいはずです)という気持ち。

3.(季節をわきまえないという意味で、)真夏なのに冠雪している富士についての表現。

4.都にいる「女」を恋い慕う「男」の歌に、船にいる人々は同じ思いに心打たれ、つらい気持ちを抑えかねたから。




参考 ①"The Tales of Ise~Tsutsuizutsu"



参考 ②"The Tales of Ise~Azusayumi"


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