富嶽百景(太宰治)1/2 ~人々との出会い

 太宰治(だざいおさむ)「富嶽百景(ふがくひゃっけい)」

~人々との出会い


太宰治「富嶽百景」本文(青空文庫)こちらへ。


葛飾北斎富嶽三十六景

富嶽百景」とは

 「富嶽(ふがく)」とは、富士山の別の呼び名。「富嶽百景(ふがくひゃっけい)」で富士山のさまざまな風景の意となり、江戸時代の葛飾北斎(かつしかほくさい)の人気作、富士図版画集「富嶽三十六景(こちらへ)」にちなんでつけられたタイトル名です。


あらすじ

 私は、昭和13年の初秋から11月にかけ、甲州(こうしゅう)御坂峠(みさかとうげ)の天下茶屋に滞在しました。思いを新たにする覚悟で出た旅です。井伏鱒二(いぶせますじ⇒こちらを)氏がそこで仕事をしていたのですが、氏の紹介で、わたしは甲府(こうふ)のある娘さんと結婚話を進めることとなりました。仕事のほうでは、毎日富士と向き合いながら作品を書くのです。おあつらい向きの富士の姿や、棒状の素朴に反発したりしながらも、念々と動く自分の愛憎とくらべ、のっそりと黙っている富士には感心するのでした。時に、巨大な富士に相対峙(あいたいじ)して、けなげにすっと立つ月見草に感動したりもします。仕事はなかなか進みません。新しい世界観、新しい文学を模索して、素朴な自然なもの、簡潔で自然なものを一挙につかまえる「単一表現」について思いをめぐらすのでした。一頓挫と(いちとんざ)と思われた結婚話は、母堂と娘さんとの理解でうまく進行しました。寒さも厳しくなった山を下り、わたしは甲府に帰りました。


太宰治「富嶽百景」(ラジオドラマ)2014/05/31
 ■作品紹介 「富士には、月見草がよく似合う」の一節で有名。 今更人には聞けない、その理由は...。
 ■出演 ・太宰治:小林貴祐 ・茶屋の娘:大島由莉子 ・女車掌:尼子真理 ・太宰の友人:いとうしんいちろう ※劇中、使用している音楽・効果音、画像は全て著作権フリーの素材です。


「思いを新たにする覚悟」

 作者の太宰治(だざいおさむ)は、1909年青森県北津軽郡の県下有数の大地主の六男として生まれました。有産階級としての贖罪(しょくざい)意識を持ち、自殺未遂や東京帝国大学時代には非合法活動をしたり、心中事件をおこしたりしました。その後も、バビナール(薬物依存の危険性がある鎮痛剤、現在は非発売)中毒、精神病院入院、再度の自殺未遂と続きます。そして、井伏鱒二こちらを)の好意で、山梨県河口村御坂峠(みさかとうげ)の天下茶屋(てんがちゃや)で落ち着いた日々を送ることになります。その時の体験をもとに『富嶽百景』が書かれました。

 本文の「東京の、アパートの窓から見る富士は、苦しい。」とは、「御坂峠の天下茶屋」へ来るちょっと前の生活を思わせます。太宰自身は「私は、その三十歳の初夏、初めて本気に、文筆活動を志願した。」(『東京八景』から)としています。『姥捨て』という作品を書き、その原稿料を元手に甲州に出て、「長い小説にとりかかるつもりであった」(『東京八景』から)といいます。

 「昭和十三年の初秋、思いをあらたにする覚悟で、私は、かばん一つさげて旅に出た。」と書かれています。


人々との出会い

● 三ツ峠の老婆

 この小説の舞台となっている御坂峠(みさかとうげ)、そして、三ツ峠と乙女峠は、富士山の景色の見どころとして富士三景と言われています。そのひとつの三ツ峠に「わたし」は井伏鱒二と出かけました。しかしあいにく濃霧のため「何も見えない」。すると「茶店の老婆は気の毒がり」、「大きな写真を持ち出し、崖の端に立ってその写真を両手で高く掲示して、ちょうどこの辺に、このとおりに、こんなに大きく、こんなにはっきり、このとおりに見えます、と懸命に注釈」してくれた。「私」は「いい富士を見た」と書いています。

 せっかく三ツ峠に来たのに、富士が見れないでいるのを気の毒がって写真を持ち出してかかげてくれた老婆質朴で善良な人柄がうれしいというのです。さらにまた、老婆がここからの富士の景観をしんから自慢に思っている純真な気持ちも想像されます。「いい富士を見た」と美しい人間性に触れえた喜びを、写真の富士に託して述べているわけです。この直前の、「私をいたわってくれた」井伏を「私は忘れない」と述べた、人情の美しさに素直に感動できる肯定的な感覚に共通するものです。

● 見合い相手の娘さんと母堂

 井伏の世話で「ある娘さんと見合いすること」となりました。「多少の困難があっても、この人と結婚したいものだと思った」と書かれています。しかし、結婚式を挙げる費用がなく、期待していた「家(うち)からの助力は、全くない」ことが分かり、「私」は「縁談断られても仕方がないと覚悟を決めて…事の次第」を説明に行きます。本文では「娘さん」の「母堂」が次のように書かれています。


「結構でございます。」母堂は、品よく笑いながら、「私たちも、ごらんのとおりお金持ちではございませぬし、ことごとしい式などは、かえって当惑するようなもので、ただ、あなたおひとり、愛情と、職業に対する熱意さえ、お持ちならば、それで私たち、結構でございます。」
 私は、お辞儀するのも忘れて、しばらく呆然と庭を眺めていた。眼の熱いのを意識した。この母に、孝行しようと思った。


 定職を持たず結婚式の費用も工面できない男への「母堂」のことばの、もちろん式は挙げてほしいと思っているのでしょうが、世間的な体裁より内面的な誠意や愛情を願う純粋さに心打たれたとしています。帰りに「娘さん」はバスの発着所までおくってくれましたが、その際のとんちんかんともいえるやりとりから、「娘さん」の世間体や打算に囚われない純粋な人柄に親しみと好意を感じています。

● つまらぬ草花を摘む遊女
 「三十歳くらいのやせた遊女」、人生の苦しみやわびしさを骨身にしみるまで味わい尽くしたような印象。他の遊女の一団から一人離れた場所で、富士の景勝に関心を示さず、「つまらぬ草花」を摘んでいます。バスの中で富士にはまったく関心を示さず、月見草を指さした「老婆」を連想させます。「私」は、世俗に背を背ける「高尚な虚無の心」の持ち主として共感しフォーカスしているようです。


● 茶店の娘さん
 結婚話は一段落したが、「小説は、一枚も書き進めることができなかった」。そんな「私」に御坂の茶店の「娘さん」は、「お客さん、甲府へ行ったら、わるくなったわね。」と「しんからいまいましそうに、多少、とげとげしい口調で、そう言った」。毎朝、「私」が書いた原稿用紙の順番をそろえるのを楽しみにしているのだと言う。「私」が知らないところで「私」を応援してくれているのに気づきます。
 生き抜く努力への、何の報酬も考えない声援を、その素朴で純粋で温かい心への感謝し「美しいと思った」としてるのです。


富士には月見草がよく似合う

 月見草の一本のかぼそい草花が、巨大な富士に対してけなげにすくっと立ち向かってみじんも揺るがないという姿は、「私」が無意識のうちに作り上げている自己の理想像が投影されていると見ていいでしょう。そこに自分もそうありたいという「私」の願いが込められているのでしょう。
 明日の文学ともいうべき新しいものを求めている「私」は、大きくて俗なものにはいどみ、対峙し、燃焼することをせいいっぱい心がけているようです。そうした願いを象徴させているのでしょう。また、御坂で出会った人々に気づかされた、ささやかではあるけれど素朴で純粋で暖かなこころをシンボライズさせているようにもみえます。




単一表現

 「富士には、月見草がよく似合う」「真ん中に大きい富士、その下に小さいけしの花二つ。」「ほおずきににていた」。 

 素朴な、自然なものしたがって簡潔な鮮明なもの、そいつをさっと一挙動でつかまえて、そのまま紙にうつしとる「単一表現」へのあこがれと反発に揺れる気持ちでいます。それはまた、富士の通俗的とも思える素朴さにどう向き合うかという「私」の課題でもありました。


富嶽百景(太宰治)2/2 ~富士には月見草がよく似合うこちら

太宰治「富嶽百景」本文(青空文庫)こちらへ。

OSAMU DAZAI "FUGAKU HYAKKEI"


富士山(2016市勢要覧)2016/10/24
 制作/静岡県富士市広報広聴課


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