いでや、この世に生まれては
『徒然草』第一段
~人生、何を望んで生きていくべきか ?
『徒然草』とは
仏教的無常観・老荘的虚無思想・儒教的倫理観が基盤にあるとされ、また、作者兼好法師は和歌四天王の一人に数えらたように、美的感受性にも優れている。
「いでや、この世に生まれては」(徒然草)を現代語で
さてまあ、この世に生まれたからには、こうあってほしいと望ましく思うはずのことが多いようだ。
まず、天皇の御位(みくらい)はたいそう恐れ多いものだ。親王・皇族の子孫に至るまで、人間の血筋でないのが実に貴いことだ。摂政・関白のご様子は言うまでもない、(摂政・関白以外の)普通の貴族でも、随人などを朝廷からいただく身分の人はすばらしいなと思われる。その子・孫までは、落ちぶれてしまっていても、やはり上品優雅である。それより下の身分の者は、身分や家柄に応じてそれぞれ出世し、得意顔であるのも、自分ではえらいと思っているのだろうが、はたから見るとまことに情けない。
僧侶くらいうらやましくないものはほかにはあるまい。「人には木の端(はし)きれのようにつまらないものに思われることだよ。」と清少納言が書いているのも、本当にもっともなことだよ。そんな僧侶が、権勢盛んで、世間で高い評判が立つにつけても、心ある人には立派だとは思われない。あの増賀上人(そうがしょうにん。こちらを)が言ったとかいうように、そういう権勢の盛んな僧侶は世間的な名声に執着して、そのために身を苦しめ、仏のお教えに背(そむ)いているだろうと思われる。だが、ただ一途(いちず)に俗世間を捨てて仏道に専念する人は、きっとかえって好ましい点もあるだろう。
人は家柄や身分に次いで、容貌や風采・態度がすぐれているのこそ、望ましいことだろう。ちょっと何か言ったときでも、聞き苦しくなく、やさしくあたたかみがあって、しかも口数の多くない人は、飽きることなく対座していたいものだ。ところが立派だと思っていた人が、期待はずれに思われる本性を見せるようなのは残念なことだろう。家柄や容貌は生まれつきで何とも仕方が無いであろうが、心はどうして、賢(かしこ)いうえにも賢いほうへ移そうとすれば移らないことがあろうか。容貌・気だてのよい人も、学問的の素養がないということになると、自分よりも身分の低い、顔もみっともない人にも立ち交わって、わけもなく、圧倒されてしまうのは、それこそ不本意なことである。
人として望ましいことは、本格的な学問の道、漢詩を作る道、和歌、音楽の道をよく身につけることであり、また有職故実や儀礼の方面に明らかで、人の手本であるあるようなのがすばらしいにちがいない。字も下手ではなくすらすらと達筆に書き、声がよくて拍子をとって歌い、酒を勧められると困ったようなようすをするものの、下戸(げこ=酒に弱い人)でないのが、男としてはよい。(第一段)
何を望んで生きていくべきか ?
この世には、願わしいことが多い。
天皇や貴族は畏れ多く尊い。摂政・関白と、上流貴族が貴いのは言うまでもない。
僧はまったくうらやましくないが、一途な世捨て人は別だ。
容貌・容姿は優れているほうがよい。話し方が魅力的で口数が少ない人は、向かい合っていて飽きることがない。
家柄や容貌は天性のものだが、心ばえや教養などは本人の努力次第で向上できる。
学問・漢詩・和歌・管弦などに通じ、有職(ユウソク、朝廷や公家の儀式・行事・官職などに関する知識)・儀礼に明るいことが望ましい。また、字がうまく、声がよく、酒も飲めるのが、男としてはよい。
700年前の価値観
現代とはかなり異なる価値観が語られています。でも、身分や男女や社会的地位の差を認めない現代の民主主義は何百年も続いていたわけではなく、ここ70年の歴史しかありません。特に、一千年以上の歴史を持つ古典を理解する際、現代を絶対化して読むと意味不明になることもあるので注意しましょう。
氏素性(うじすじょう。生まれや家柄の意。)の望んでもかなうことがない動かし難さ、僧侶は一番うらやましくないもの、そして、生まれついた身分や能力とか、ぶさいくな顔とか、現代では表立って語られないこと。
現代も、事実であっても言ってはいけない建前で、人は皆平等にチャンスが与えられているとか、願えばかなうとか、やればできるとか、話し合えば理解しあえないことはないとかの虚構を前提として成り立っているのも、変だといえば変。最近はルッキズムが唱えられる時代でもある。
でも、そんなことを差っ引けば、魅力的なものの言い方や教養・素養・趣味を磨いていくことが人を魅力的にするなど、現代でもというか、数値化とかデータとか、エビデンス(証拠・根拠)とか分かりやすい成果が過剰に求められる現代だからこそ身にしみてそうだなあと思わせることが、簡明に語られていると思います。
最後の段の、学問を修め、漢詩・和歌を作り、楽器を演奏し、有職故実(朝廷や公家の礼式・官職・法令・年中行事・軍陣などの先例・典故。)に通じることが並外れて優れ、達筆で歌がうまく酒をたしなむ豊かな趣味について述べているととらえました。
700年以上昔、兼好が貴族階級を観察し、兼好が望む理想の貴族・有閑教養人像が書かれていると考えていいでしょう。
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