幸田文(こうだあや)「えぞ松の更新」(『木』所収)
● B「ぎゃあぎゃあとわめいた」とは、ここではどういうことを比喩的に表現しているのかについて。
読み取りにくい箇所です。感覚したものが論理化のプロセスをかなり省略して表現されています。随想・随筆は、散文と韻文の中間の性格を持つと考えてよいと思います。ロゴスのフィルターをそれほど透過していない分、みずみずしさやインパクトを持つ文章だともいえるでしょう。
● E「こういう無惨絵」について」は、「具体的には何についてそう表現しているのか」について。
「倒木」を見て、えぞ松が倒れた後の映像を、長い年月に沿ってまざまざと思い浮かべています。
木が倒れる
↓ ↓ ↓
その上に種が着床発芽
↓ ↓ ↓
若芽が発芽成長するにしたがって養分を吸い取られて腐食
↓ ↓ ↓
ついにはぼろぼろになって形もとどめなくなる
【木が倒れる → その後次第に苔がむし → その上に種が着床発芽 → 若芽が発芽成長するにしたがって養分を吸い取られて腐食 → ついにはぼろぼろになって形もとどめなくなる】、そんな映像をまざまざと思い浮かべ、「 死の変相を語る、かつての木の姿である」と表現していると推測されます。しかも、死者の養分を貪(むさぼ)り吸収して成長を続ける若木は、かなしみとかいとしさなどの情感を持っているようには見えない(「 あはれもなにももたない」)ことに、生き死にのめぐりゆき(「 輪廻の形」)や、自然の生命力のむごさ(「 無惨」)を実感している箇所です。
● F「性を失いかけている」の「性」とはここでは具体的にはどういうことかについて。
この段落は、「倒木」を「亡骸」とも「亡躯」とも「屍衣」とも表現しているように、人間の「死の変相」【 死後の硬直 → 腐敗 → 白骨化 → 分解・消滅 】に重ねて見ています。手を置いてみたり、苔をおしのけてみたり、こじったりして細部まで客観的に観察して文章化されています。生々しく、少し息を少し詰めてしまいそうな気持ちにさせる表現ではないでしょうか。この段落だけではなく、この文章全体が木々を人間のメタァとして観察し語られているのです。
● 全体の組み立て
【えぞ松の更新の話を聞いて、その厳しさ、見事さに感動してぜひ見てみたい!と思った。 】
↡ ↡ ↡ ↡
【 初めてえぞ松の更新の実物を見て、「自然の連れ立ちはいい感じの構成」と感じる。 】
↡ ↡ ↡ ↡
【 でも、倒木の上に生きたという証拠が目にできなくて、物足りない…とも思う。 】
↡ ↡ ↡ ↡
【 倒木の上に何本もの若木が育っているのを目にすることができた! 死体とその死体の養分を貪り吸収して生きていて、それなのに、若木は倒木に何の感情も持っていないのが、すごくむごいものだと気持ちがひるんでしまった…! 】
↡ ↡ ↡ ↡
【 倒木のほうは、腐朽が進んでしまっているが、それでもなお横には裂けにくい本性を失っていないことに、限りなくいとしいものだ…と思う。 】
↡ ↡ ↡ ↡
【 よくよく観察してみると、生きているえぞ松は自分が犠牲にしてきた倒木を、今は「我が腹のもとに守っている」こと、それゆえ「倒木」は乾いてぬくみを保ちえていることに気づいた。 】
↡ ↡ ↡ ↡
【 木というものは新旧・生死が情感を通わせて生きているものだなあ!ということが分かった。死とはただ消滅するのではなく、親から子孫へと暖かい情感(敬愛、感謝、いとおしみ、なつかしさ、思い出など)を受け継ぎながら連続してゆくものだ…!と悟り、救われる思いがした。 】
↡ ↡ ↡ ↡
【 一途に生きるえぞ松に感動し深い満足を覚える… 】
ということになります。
● この文章が書かれたのは、筆者が66歳の時。人生の終末(現在では10歳位プラスしなければならないのかな)、遠くない将来に迎える死という意識が根底にあって、えぞ松を見て、感じ、思索して文章化しているのです。生きるとは、死ぬとはどういうことなのかという自問自答が通奏低音のように流れていると思います。そしてその難問への解答が得られているのです。優れた才能が齢(よわい)を重ね晩年になって書くことができた文章とも言えるでしょう。
● さらにまたこの文章、言葉を操る能力が高い(最近よく強調されるディベート能力とか論破力などとは次元が異なる)、繊細で高度、かつ、深い感覚・観察力・洞察力・思索力に基づいて書かれたものに感嘆してしまいます。
父幸田露伴のDNAだけではなく、1000年以上前から続く清少納言や紫式部などの女流文学者のDNAが脈々と受け継がれているのだなあと思わずにはいられません。こんな文化や伝統を持っているのは世界でも数少ないということも知っていていいと思います。このDNA、幸田さんふうに言うと、「祖先から受け継ぎ連続して」私たちの中にもさまざまな形で存在し、物事を感じたり考えたりする時、直接、間接に影響を与えているものですから。
幸田さんは、平成2(1990)年に逝去、享年86歳でした。
幸田文さんの遺影
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えぞ松の更新 1/2 解答例(解説)
問1
① 数知れぬたくさんの種の中で倒木に着床発芽できるのは、しあわせな少数のものだけである点。(45字)
② 着床発芽したものの中でも、真に強く、そして幸運なものわずか何本かが生き続けることを許される点。(46字)
③ 整然と行儀よく一列一直線に並んで立っている点。
(23字。本文から外れないよう、本文の語句を用いて50字を越えないようにまとめます。)
問2 自分の要望を、ひとさまの都合も自分の見苦しさもかまわず頼み込んだこと。<br>
(「演習林の見学を、一方的に依頼したこと」を謙遜した言い方をして、見学を承諾してくれた相手に感謝の気持ちを表す表現と考えてよいでしょう。)
問3 エリートの木のみごとさや、凡庸の木々の力強い頼もしさや、虚弱劣級木のかなしさやいとしさ。
問4 手足の動きが取れない
(「あがき」は「足掻き」と書き、手足を動かすこと、手足の動きの意。じたばたする等の意もある。)
問5
① まだひょろ ~ たなき倒木 (同段落の2文目にあります。)
② 倒木が死の変相を語り、その倒木の上に満員の形で根を張る若い木はあわれもなにももたない姿を目にして、その生々しい輪廻の形に残酷さを感じるという意味で。
問6 横には裂けにくい (8字)
問1 そう十七、 (冒頭から2文目)
問2 古木の芯とおぼしき部分
( 5.2.-9にあります。)
問3 ① 風倒の木・腐朽古木 (2段落の3文目と4文目)
② いわばここ (2段落の5文目)
問4 解答例… 倒木更新の話を聞いた当初は、幸運で強いものだけが一列一直線に並び立っている、その厳しさや見事さに感動し、ぜひこの目で見てみたいと強く思った。ところが、その実物を目にし、観察を深めるにつれて、えぞ松が先祖の倒木とあたたかな情感を交わしながら連続体として、しゃにむに一途に生きていることに気づき、その姿に感動し満足を覚えている。
人生の晩年を自覚する筆者は、死とは単に消滅することではなく、後に続く世代とあたたかな情感(敬愛や感謝やなつかしさや敬慕など)を交わしながら連続していくものだということに気づかされている。死とは何か、生とは何かという難問への一つの解答といえると思う。
(前半の要約になる部分を5点、後半の所見にあたる部分を4点とします。自分か、または、友達などに採点してもらってもいいでしょう。)
※
大日本山林会の小林富士雄さんが幸田さんとの出会いのことを「幸田文さんのこと」というタイトルで文章を書かれています。こちらです。
【高校国語学習支援サイト】向け
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