臥薪嘗胆(『十八史略』)~すさまじい怨恨の連鎖/中華の人間観と歴史観

 臥薪嘗胆 

(十八史略)

 ~すさまじい怨恨の連鎖 


 臥薪嘗胆(がしんしょうたん)とは、目的を達成するために苦労を耐え忍ぶの意で使っていますが、もともとは、長い間苦心や苦労を重ねて、討ちや恥をすすぐというような意で使われています。この記事は『十八史略』に依拠しています。



    
史記 東周列国 春秋時代
臥薪嘗胆


あらすじ
 の王闔廬(こうりょ)子胥(ししょ)を抜擢(ばってき)して国の政治を任せ、を攻撃したが傷ついて死んだ。闔廬(こうりょ)の子夫差は「臥薪(がしん)」して復讐(ふくしゅう)をはかりを破った。の王句践(こうせん)は和睦を乞い、(はくひ)に賄賂(わいろ)を贈って命びろいしたが、そのあと「嘗胆(しょうたん)」して復讐を志す。国政は(しょう)に任せ、范蠡(はんれい)とともに軍事力を強化した。一方、夫差は勝者のおごりから(はくひ)の根拠ない告げ口を信じ、子胥(ししょ)に自決を命じた。子胥(ししょ)の滅亡を予言する遺書(いしょ)を残して命を絶った。それを聞いた夫差は、子胥(ししょ)の墓を暴(あば)き遺体を取り出し馬革(うまがわ)の酒袋に詰め込んで、長江に放り投げて辱(はずかし)めた。二十年後、子胥(ししょ)の予言通りに滅ぼされた。夫差は、あの世で子胥(ししょ)に合わせる顔がないと幎冒(べきぼう)で顔をおおって死んだ。

 (複数の人物が絡んでいてわかりにくいので短くすると》の王夫差ははじめ》を破ったがその王句践(こうせん)を殺さなかった。二十年ほど後、逆に、句践(こうせん)》を破りその王夫差を殺した、ということになります。)

      「臥薪嘗胆」(十八史略) 原文/書き下し文/現代語訳はこちら


薪(たきぎ)の上で寝たり、胆(きも)を嘗(な)めた理由は何?
 夫差薪(たきぎ)の上で寝て痛みを覚え続け、句践(こうせん)は胆(きも)を嘗(な)めて苦みを感じるたびに、その痛みや苦みは相手への恨みを掻き立てた。いずれも苦痛を自らに課すことによって、復讐心を高めておこうとしたのです !! (なお、上のシネマでは『史記』にならって、臥薪したのも嘗胆(しょうたん)したのも句践(こうせん)だとされています。)


子胥(ししょ)の恨みの遺言

 自分の墓に檟(ひさぎ。棺桶の材とした。)を植えよというのは、檟(ひさぎ)が成長して棺材(かんざい)となるころには、が敵国にほろぼされ、自分に死を命じた主君夫差の棺(ひつぎ)が必要になる。その時にこの檟(ひさぎ)を用いればよい、という強烈な恨みの言葉。また、自分の目をえぐって都の東門にぶら下げよというのは、その目でかならずや敵国を滅ぼすさまを見てやるという、これまた強烈な恨みの言葉です。
 主君夫差への恨みが、強烈な中華的レトリックで表現されているのです。


中華の歴史観

 戦争の目的は、領土の拡張、資源や富の簒奪(さんだつ)、農奴・奴隷、そして、軍事力の源泉となる歩兵の獲得など物質的実利的利益の実現であり、それへの対抗のためであったはずですが、ここでは、戦争で死んだ父王の恨みを晴らすもの、その復讐の連鎖として語られています。中華的歴史観の特徴でしょう。現在の、周辺諸国から警戒されている愛国主義教育こちらを)に通じていそうです。

 また、子胥(ししょ)が亡き敵国楚王の遺体を掘り出して300回鞭〈ムチ〉打って(文字通り「死者を鞭〈ムチ〉打つ」)仇討ちをはたしたり、その子胥(ししょ)の滅亡を予言する遺書を書いていたことを知った夫差が自決した子胥(ししょ)の遺体を掘り出して馬革(うまがわ)の酒袋に詰め込んで揚子江に投げ捨てたのです。恨みを晴らすため、死者や遺族を最大限侮辱する(?)文化や行動原理に驚いてしまうのではないでしょうか。


      「臥薪嘗胆」(十八史略) 原文/書き下し文/現代語訳はこちら

中華の人間観

 夫差に仕えた子胥(ししょ)と、句践(こうせん)に仕えた范蠡(はんれい)(しゅう)の対照的な組み合わせ、その末路も対照的です。夫差子胥(ししょ)は、非業の最期を遂げ、》滅亡後、(はくひ)句践(こうせん)によって処刑されています。

 臥薪嘗胆(『十八史略』)、人間と人間関係が中華的に典型化されて語られていると言えます。わが国の軍記物語の代表作、『平家物語』と比較してみても面白いと思います(たとえば「木曽殿の最期」はこちらへ)。


『十八史略』(じゅうはちしりゃく)とは

 蒙古王朝の初頭(今から740年ほど前)、曾先之(そうせんし)の著。『史記』以下の十八の史書のダイジェスト版のように書かれていて、初学者向けに編まれた編年体(事件の起こった年月に従って記す形式)による通史です。

 わが国には室町時代に伝わり、江戸時代を通じて主に幼年就学者のための読本として扱われ、戦前は小学校の教科書教材としても人気のあった史伝です。


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