芥川(伊勢物語)もっと深くへ !


伊勢物語~第六段 『芥川』
 読み手:片岡佐知子

  「伊勢物語」への道

 日本語は文字を持たない言葉でしたが、平安時代の初期(1200年ほど前)に、漢字を元にしてひらがな・カタカナが発明され、そうして初めて、私たちが日常使っている言葉で、心情や情景の文字表現ができるようになっていったのです(万葉仮名時代を除きます)。このようにして、かな文字で書かれる物語という新しい文学に発展していきました。

 文学史的には、こうして、架空の人物や事件を題材にした作り物語(「竹取物語」など)と、歌の詠まれた背景についての話を文字化した歌物語伊勢物語)の二つが成立したとされています。


  「伊勢物語」の主人公は業平

 「伊勢物語」は現在残っている最古の歌物語です。初期の日本語散文らしさを感じさせる、飾り気がなく初々しく抒情的な文章で書かれています。

 初め在原業平の家集を母体として原型ができ、その後増補を重ねて、今日の形になったようです。

 在原業平になぞえられる主人公「昔男(むかしおとこ)」の生涯が、一代記風にまとめられています。高貴な出自で、容貌美しく、色好みの評判高く、歌の才能に恵まれた人物の元服から死までのエピソード集です。ただし、業平とは考えられない男性が主人公の段もあります。


  業平と高子
 在原業平(ありわらのなりひら)は、平城天皇の孫という高貴な血筋でしたが、権力の主流から外れ、父阿保の時臣籍降下(=皇族がその身分を離れ臣籍となること)して在原朝臣を名のるようになりました。平安時代のヒーローの条件、容貌美しく、色好みで、歌の才能に恵まれた人物として伝わっています。
 高子(たかいこ/こうし)は、父は藤原長良(こちらを)、清和天皇即位に伴う大嘗祭こちらを)で,天皇との結婚を前提とした五節(ごせち、こちらを)舞姫(こちらを)となります。当時父はすでに亡く,叔父と兄基経が後ろ盾となっていました。

 ここでは、業平高子(たかいこ/こうし)への懸想譚(けそうたん)「月やあらぬ」をとりあげます。
 恋愛や結婚、現在の価値観を絶対視しないで、今から1100年前の古代の人々にできる限り近づいて、物語を追体験してみましょう。結婚のあり方も慣習も交通や通信の便も、現代とは全くと言っていいほど異なる時代です。

超訳マンガ百人一首物語
第十七首(在原業平朝臣)

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『伊勢物語』は在原業平の一代記とされます。惟喬親王(これたかのみこ)は天皇の第一子でありながら、母が藤原氏でなかったため帝位につけませんでした。業平とは親しい関係。★高子(たかいこ)は藤原長良の娘、のちに清和天皇の女御となりました。一時、業平と恋愛関係にあったが、身分の違いからその恋は許されないものでした。


芥川(「伊勢物語」第六段)原文/現代語訳こちら

  高揚から絶望へ

 古代の人の心理と行動として読み味わってください。

 誰もが暗黙のうちに后がね(后候補として育てられている)の姫君と知っている姫君を、何年も口説き続けていたは、やっとのことで盗み出して、夜中に逃げてきました。と引き換えに他のすべてを捨てる覚悟をした男の行動でした。追手につかまらないように必死に逃げていきます。

 川辺の草の上に一面に結んだ露がキラキラ光るのをは見て、「あれは何?」と尋ねる。あんまりにのんきなことですが、深窓(しんそう)で育てられた彼女はこんな闇夜には外に出たことはないのでしょう。見るものすべてが珍しくてならないのです。しかし先を急ぐにはの質問に答える余裕などありません。夜はふけるし空模様も怪しい。やがて、雷鳴がとどろき、はげしく雨も降りだす。がらんとした蔵に、気の進まないをなだめすかして押し入れ、は戸口に控え、はやく夜が明けてほしいと思っているうちに、「あー ! 」という声とともに鬼がを一口に食べてしまったのです。

 は姿を消してしまったのだ。しかし、実は、は心変わりをして蔵から出て行ってしまったのか?…路上で泣いている女を見つけ兄国経が連れ戻したという。

 翌朝、もぬけの殻の倉の奥を見たはすべてを悟りました。

 白玉か何ぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを

 あの光るのは、「白玉ですか。何ですか」とあの人が尋ねた時に、あれは(はかない)露ですと答えて、(私も露のように)消えてしまえばよかったのに

 深く愛したを得た高揚感から一気に絶望の淵に突き落とされた。やり場のない激しい悔恨に地団太(じだんだ)を踏んで泣かずにはいられなかった。

 古代の、しかも、初期の物語らしい素朴で激しく飾り気のない語り口だと思います。

芥川(「伊勢物語」第六段)原文/現代語訳こちら




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芥川 問題解答(解説)

問1
  (1)人の ← (結末「白玉か」の歌で使われています。「人」が「問ひし」の主語になっていることを示すもの。ガと言い換えられる)
  (2)女の ← (初めから2文目「女の…」で使われています。「女」と「え得まじかりける」が同じ資格で助詞「を」に続くことを示すもの。デ、デアッテと訳せる。)
(格助詞「」と「」には、主格・連体修飾格・同格・準体格・比喩の文法的意味がある。未消化の人、文法テキストを開いてインプット!)

問2 何年にもわたって求婚し続けていたのだが 

(「年を経て」は、何年も経過して、の意。「経〈ふ〉」は文法的に説明できるように。「よばふ」は、「言い寄る・求婚する」の意。[わたる」は補助動詞的に使われて、時間的には「…続ける」、空間的には「一面に…」の意。「を」は接続助詞、単純接続の用法)

問3 解答例…副助詞で、「行く手の道のりも遠く、夜もすっかり更けたこと」に、「雷がひどく鳴り、雨も激しく降ってきたこと」を添加する用法で、「…までも」と口語訳される。【76字】
(内容的には、切羽詰ってあばら家に駆け込む行動を必然化するのに効果的な表現となっている 。添加の「さえ」は、「Aだけではなく、Bまでも」とAにBを添え加える用法です。Aに当たるものが省略されることが多く、そのケースがよく出題されます。)

問4 ① はやく夜も明けてほしい 

(「はや」は、すみやかに・早くの意の副詞。「なむ」は、終助詞で他への願望〈「誂え」と言う人もいる〉の用法。…シテホシイ・シテモライタイと訳せる。活用語の未然形に接続することをインプット!ここでは、結果的に「明け」が未然形であると分かります。)

   ②  3  6  7
(1…文末「侍る」が連体形。係助詞「なむ」の結びになっているととらえる。  2…「いなむ」でとらえる。【ナ変動詞「往ぬ」の未然形「いな」、「な」はその活用語尾ということになる。】+【意志の助動詞「む」】。  4…「なむ」は係助詞、「となむ」で結び「言ふ」「聞く」が省略されることがある。  5…「なり」は、四段動詞「成る」の連用形。連用形に接続する「なむ」は、【強意の助動詞「ぬ」の未然形】+【推量の助動詞「む」終止形】。)  8…「暮れ」はラ行下二段の動詞の未然形か連用形。接続からは判別不可。「(今にも)暮れようとする」→【強意の助動詞「ぬ」の未然形】+【推量の助動詞「む」終止形】か、「暮れてほしい」→【終助詞 他への願望・誂え】というようにどちらが文意にかなうかで判断する。この例文は前者になり、「暮れ」は連用形で使用されていることとわかる。
  3…「知ら」は四段動詞の未然形。未然形に接続する「なむ」は終助詞で他への願望(「誂え」という人もいる)の用法。「知らなむ」は、知ってほしいという意味になる。  6…「ざら」は打消しの助動詞「ず」の未然形。未然形に接続する「なむ」は終助詞で他への願望(誂え)の用法。「思はざらなむ」は、思わないでほしいの意味になる。  7…「寄せ」はサ行下ニ動詞の未然形か連用形。接続からは判別不可。「(きっと)寄せるだろう」→【強意の助動詞「ぬ」の未然形】+【推量の助動詞「む」終止形】か、それとも「寄せてほしい」→【終助詞 他への願望・誂え】かというようにどちらが文意にかなうかで判断する。この例文は後者になり、「寄せ」は未然形で使用されていることとわかる。一首全体の意味は、〈寄せ来る波よ、(忘れ貝を)この岸辺に打ち寄せてほしい、恋しく思う人を忘れさせてくれるというその忘れ貝を(岸辺に)降りて拾おう(と思うので)〉となる。この7は難しいが、このパターンが出題されるのでしっかり理解してね。「なむ」は入試で頻出題!)

問5 
(雷鳴のため「女」の悲鳴を聞きつけることができなかった、という文脈。「」は後の打消しの語に呼応して〈…シヨウトシテモ〉デキナイという意味。本文の2文目にあります。呼応の副詞は、「いかに」「いかで」「え」「な」「つゆ」「ゆめ」など、文法テキストを開いてもう一度インプット!)

a.Q 解答例

1.解答例…邸外の、一面にきらめく夜の露を見ることなど初めて体験するような、深窓(しんそう)で大切に育てられた姫君。

2.解答例…(「女」の無垢な美しさを顧みるとともに、)わが身も「女」と一緒に消えてしまえばよかったのにと悲嘆し、後悔する心情。

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