『平家物語』とは
鎌倉時代中頃までに成立した軍記物語。作者は未詳(みしょう)。
平家の覇権が確立したころから、壇ノ浦における平家の滅亡を経て、建礼門院(平清盛の次女。高倉天皇の中宮となり安徳天皇を生んだが、壇ノ浦の戦いに敗れて高倉天皇ととも入水したが、助けられ京都に帰り、尼となり大原寂光院で余生を送った)の往生(おうじょう)に至る平家一門の興亡に焦点を合わせて描かれている。合戦譚(たん)や恋愛譚(たん)、説話や主要人物のエピソードが織り込まれ、これにこの時代特有の因果応報の仏教思想や儒教思想がからみあって、一大人間絵巻をくりひろげる。
盲目の僧形(そうぎょう)をした琵琶法師と呼ばれた芸人によって語られた語物(かたりもの)。琵琶によって『平家物語』を語ることを平曲という。
合戦の場面は簡潔で力強い調子の
和漢混交文で、情緒的な場面では流麗な
七五調の文体でというように、場面に応じて巧みにかき分けられている。
対句表現や
擬態語・擬声語の多用など、平安時代とは異なる語法が随所にみられる。
平曲とは
琵琶演奏「祇園精舎」〜伝統音楽デジタルライブラリー 2009年6月1日
ずいぶんスロー・テンポだなと思ったでしょう。むしろ、現代が映像も、人々の話し方や動作も、そもそも、時間の流れ方が早すぎるともいえます。結果を効率的かつ短時間に求める産業社会、そのことを可能にする科学技術の進歩と社会システムが背景としてあるのでしょう。
現代の饒舌(じょうぜつ)すぎることば、鮮明で高速度で切り替わる映像に、中身が伴っているのかと疑問に思うことがあります。
動画どころか画像などもちろんなく、文字を理解し高価な紙に書写された書物を読めるのはごくごく例外的な人であった時代、
琵琶法師が琵琶を奏でながら語ることば(平曲)を聴きながら、ことば一つ一つに集中し、想像力をはたらかせ、風景や人物や出来事をありありと思い浮かべ、自分もその場面に生きているかのように聴き入っていた、名もなき人々。そんな人々にできるだけ近づいて、その人々自身を体験するように読むと、「
平家物語」をより深く味わうことができるのではないでしょうか。
★能登殿の最期(平家物語)の原文/現代語訳はこちらへ★
能登殿(平教経)の最後のいくさ語り
平教経(たいらののりつね=能登殿)は、壇ノ浦の合戦で、この日を最後と、大太刀(おおだち)・長刀(なぎなた)を振り回し大活躍する。従弟(いとこ)の平知盛(たいらのとももり=新中納言)は使者をやって、「むだな殺生(せっしょう)はおやめなさい。りっぱな敵といえないものを」と言いやったところ、能登殿教経(のりつね)は大将軍源義経(みなもとのよしつね)に組めということと受け取って、義経目指して船から船へ乗り移って攻め戦う。義経は表面では能登殿教経に立ち向かうと見せかけて、実際は避けて組もうとしない。そうしているうちに、どうしたはずみか義経と教経は行き当たり、あわやと思われた瞬間、義経は離れた味方の船にひらりと飛び移る。今はこれまでと悟った能登殿教経は物の具を投げ捨て、我と思わん者は生け捕りにせよと呼ばわるが、寄る者は一人もなかった。
やがて、安芸太郎実光(あきのたろうさねみつ)という剛の者が、弟と郎等(ろうどう 武家の家臣)の三人がかりで討ちかかってきたが、能登殿教経は最初に郎等を海に蹴り入れ、弟と実光(さねみつ)を両脇にさしはさんで、「お前たちも、死出(しで)の旅路の供をせよ」と言って、もろともに海に飛び込んで果てたのであった。
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平教経と平知盛と源義経はどう造形されているのか
平教経(=能登殿 たいらののりつね)…ここでの主人公。勇猛果敢、剛勇無双の豪快な武者として描かれている。その最期(さいご。死に際のこと)もそれにふさわしく、死を少しも恐れず源氏方の武者を道連れに、なんのこだわりもなくためらいもなく入水(じゅすい。水中に身を投げて自死すること)して果てたとしている。
平知盛(新中納言 たいらのとものり)…奮戦する能登殿教経に、敵とはいえそれほど重要な敵なのか、そうではあるまいと、無用に人を殺す罪作りを戒める。平家一門が滅亡に向かっていることを運命としてらえ、それは避けようのないという諦観からの言葉のようにみえる。
源義経(大将軍 みなもとのよしつね)…兄頼朝(よりとも)が平氏を滅ぼすのに多大な功績をあげたが、後に対立することとなり、奥州衣川(おうしゅうころもがわ)の館で自害することとなった、悲劇の人。ここで、鎧(よろい)・甲(かぶと)をつけ、六、七メートルも海の上を飛ぶという、常人では考えられない早業。敏捷(びんしょう)な行動、特別な技量の持ち主として描かれている。能登殿教経(のりつね)と一騎打ちになったら面倒なことになると避ける、先を読んだ行動ができる。戦(いくさ)の達人、知将としてのふるまい。味方の士気を考えた司令官としての戦い方戦国時代の人物として、他の武将とは比較できない英雄と考えられていた。
この三者の人物がそれぞれ際立つように造形され語られている。
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【参考1】平知盛の潔い最期の姿
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壇ノ浦に消ゆ 2012/09/06
源平最期の決戦となった壇ノ浦合戦 平家武者の意地と誇りを胸に、奮戦する平知盛 迎え撃つは戦の天才、源九郎義経 知勇兼備の武将、平知盛の潔い最期の姿 彼を惜しむ弁慶の叫びが、戦いの水面にこだまする・・
武蔵坊弁慶・中村吉右衛門
源九郎義経・川野太郎
伊勢三郎義盛・ジョニー大倉
常陸坊海尊・岩下浩
平知盛・隆大助
平資盛・堤大二郎
【参考2】項羽「今、ただちに降伏しなければ、オレはお前のおやじを煮殺すぞ!」
ついでに、情況は異なりますが、東アジア大陸で秦滅亡(紀元前206年)後覇を争った項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)の次のようなやり取りが『史記』(司馬遷)で語られています。同じく戦場での言動です。
當此時,彭越數反梁地,絕楚糧食,項王患之。為高俎,置太公其上,告漢王曰:「今不急下,吾烹太公。」漢王曰:「吾與項羽俱北面受命懷王,曰『約為兄弟』,吾翁即若翁,必欲烹而翁,則幸分我一桮羹。」項王怒,欲殺之。項伯曰:「天下事未可知,且為天下者不顧家,雖殺之無益,只益禍耳。」項王從之。(項羽本紀)
高校生上級編の漢文です。漢字の力がある人は訓読できるでしょう。
【現代語訳】
当時、彭越(ほうじょう)はいくたびか梁(りょう)の地で反乱を起こしており、楚の糧道を絶っていた。項王(項羽)はこれを憂い、高俎(こうそ、高いまな板=生贄の台)を準備して太公(劉邦父)をその上に置き、漢王(劉邦)に告げて言った。「今、ただちに降伏しなければ、オレは太公(たいこう)を煮殺すぞ!」。漢王(劉邦)は言った。「オレは項羽(オマエ)とともに北面して懐王の命を受け、『兄弟の約束を結ぼう』と宣誓した。だから、オマエの父は即ちオレの父である!どうしてもオレの父を煮殺そうというならば、オレにもその羹(あつもの。ホットスープ)を一杯分けてもらおうか!」。項王(項羽)は怒り、太公を殺そうとしたが項伯(項羽の側近)が言った。「天下の事(趨勢)はいまだわかりかねる。かつ、天下を取ろうと考えている者は家族の事なんか顧みるものではない、殺したところで無益なばかりか、ただ禍(わざわい)が増すだけだぞ!」。項王はこの言葉に従った。
不利な情勢を打開しようとして、項王(項羽)は捕えていた漢王(劉邦)の父親(大公)を高いまないた(中華では切り株を用いた。こちらを)にのせて、「降伏しないと、お前(=劉邦)の父親を釜で茹(ゆ)でて殺してしまうぞ。」と脅迫した。項羽の残虐な性格が現れたものです。すると劉邦は「やるならやってみろ。(我が父親を)かまゆでにした後の一杯のスープを、わしにも分けてくれ。」と返答したといいます。肉親の危機に直面しても落ち着き払っている劉邦の冷たい性格が語られていることになります。またここでは、人肉食が前提になっています。漢王朝の創始者劉邦(高祖)について書かれている一節、漢王朝の正式な歴史書に記録されているのです ! 彼我(ひが)の倫理観や思考の組み立て、そして美意識は両極にあるほど異質だなあと思わされます。
これも、
国家元首の言葉「我々を刺激する妄想をするならば…頭が割れ血を流すだろう。」(こちらを)とは、こわすぎデス…
問1 鎧 甲
問2(1)b…組み c…下り d…会ひ
(2)促音便
(3)イ音便
(4)続き (他に「とりつい」「抜い」「かいはさみ」がある。)
問3 読み…ろうどう 意味…家来 従者
問4 ①の「およそ」= ウ ②の「およそ」= ア
問5 解答例… 教経の弓が正確で、強弓であったから。 (強弓とは、剛弓を引きこなす人。)
問6 いかが~りけん・早業や~りけん (同段の他の挿入句…「今日を最後とや思はれけん」・「判官かなはじとや思はれけん」)
問7(1)うれ・おのれ (「うれ」「おのれ」は一人称そして二人称の代名詞。相手を卑しめて言うことがある語で、テメェー・キサマの類。)
(2)感動詞・接続詞 (あはれ=感動詞、さらば=接続詞。)
問8 解答例…剛勇無双 (「豪勇/強勇」とも、強くいさましいこと、勇気があってものおじしないさま、また、その人の意。勇猛果敢)
問9 軍記物語 鎌倉時代 琵琶法師
a.Q
1 解答例…知盛は、雑兵を無益に殺生するのはやめよといっている。 しかし、教経は、敵の大将義経を討ち取れと言われたと思っている。
2 解答例…総大将が逃げ回っている印象を与えると、味方の士気にかかわるから。
3 解答例…大将軍義経と組んで勝負を決めようと思ったが、逃げられてしまったので、ここらが死ぬ潮時だと思い定めたこと。
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