兼通と兼家の不和(大鏡)もっと深くへ ! & 解答(解説)

「大鏡」とは

 摂関政治の絶頂期を過ぎたころ、過去を振り返る動きが起こり、〈歴史物語〉という新しい文学ジャンルが産まれました。

 それまで歴史は「日本書紀」のように漢文で書かれましたが、十一世紀中頃仮名で「栄華物語」が書かれ、続いて十二世紀に「大鏡」が書かれました。「栄花物語』は藤原道長賛美に終始していますが、「大鏡」は批判精神を交えながら、歴史の裏面まで迫る視点をも持ち、歴史物語の最高の傑作といえます。二人の二百歳近くの老人とその妻、それに若侍という登場人物との、雲林院の菩提講での会話を筆者が筆録しているというスタイルで書かれています。これも独創的な記述の仕方で、登場人物の言葉がその性格や場面に応じており、簡潔で躍動的、男性的な筆致と相まって、戯曲的効果を高めているものです。




あらすじ

 世継が「兼通が関白の職を頼忠に譲ったことは、世間から批判された。」と言ったのを受けて、聞き手の若侍がその背景を述べる。

 若侍は「兼通・兼家兄弟は、官位昇進の競争をして不仲であったが、兼通が重病に陥ったとき時、弟の兼家は見舞うかと思いきや、兄の邸の前を素通りして参内(さんだい)したのだった。怒った兼通は病をおして参内(さんだい)し、最後の除目(じもく)を行い、関白を頼忠に譲り、兼家の官を奪ってこれを〇時に与え、兼家を閑職へ追いやった。臨終間際に見えた身であのような行動をとることは、他人にまねができないことだ。兼通が悪いのではなく、弟の兼家の方に人間としての欠点があるのだ。そもそも兼家を差し置いて関白の地位に就いたのも、妹の中宮安子に依頼して事前に備えをしていたからであって、兼通は意志強固で賢明でいらっしゃるお方だ」と弁護する。


若侍が語る兼通の弟兼家への心情

 官位昇進争いにまつわる日頃からの不仲意識

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 自分が臨終と聞いて見舞に来たと思い、和解する気持になった。

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 門前を素通りされて激怒した。

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 病を押して参内し、最後の除目を行い兼家の官を奪って思いを遂げ、死去した。

 

 

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解答(解説)

問1 ことわり (道理の通ったことだ、もっとものことだということ。そう思う事情がこの後詳しく述べられるという仕立てになっている。)


問2 ②危篤 ③おやすみになる  ⑥ひざまづく かしこまって座る (「膝をつき座る」からと理解、 ⑦くろうどのとう


問3 断定の助動詞「なり」の連用形「に」に、接続助詞「て」がつづいたもの。


問4 「参ら」は侍が帝に敬意を表す「参上する」の意の謙譲語。「せ」は尊敬の助動詞「す」の連用形、「給ひ」は尊敬の補助動詞「給ふ」の連用形、「せ給ひ」で侍が堀河殿へ敬意を表す最高敬語となっている。


問5(1)心意地  心強く (意地っ張りとも意志強固ともいえる性格。)

  (2)次第のままに(最後の段落にある。兄弟の順次に従って、の意。)


問6(1)栄華物語

  (2)今鏡 水鏡 増鏡


advanced Q.

解答例…薄情だ(3字) [別解1] 不人情だ (4字)

(兄弟が危篤の状態になっても見舞いにも来ない兼通の薄情な性格となる。)


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