かしらの雪
(土佐日記)
~船旅の心労😞のため白髪(しらが)になってしまった
かしらの雪(土佐日記)~現代語で
かしらの雪(土佐日記)原文+現代語訳はこちらへ。
🌊⛵️ 一月の二十一日、天候に恵まれ、午前六時ごろに船を出しました。他の船もみんな出航しました。★1春の海に、秋の木の葉が散っているようでした。かくべつに神仏に祈願したおかげでしょうか、風は吹かず、素晴らしい天気になりました。
★4わが髪の雪といそべの白波といづれまされりおきつしまもり
1100年前の船旅
「土佐日記」の冒頭(門出/馬のはなむけ)については、『男もすなる日記といふものを(土佐日記)~歴史上はじめて書かれたかな日記』で、その文学史的意味をふくめて書いています(こちらへ)ので参照してみてください。
土佐(高知)から京都、現在では車で数時間(こちらへ)。楽しく快適にドライブできます。しかし、1100年ほど前の旅は、現在とは異質なものでした。
「土佐日記」が書かれた時代、急峻な四国山地のため陸路で、多くの荷物・子供老人を含めた大勢で瀬戸内海側に出るのは困難。船旅をすることになります。でも、当時の船は、脆弱なつくり、大波に飲み込まれてしまったり、座礁して大破してしまう危険性にさらされていました。多くの泊りで天候をはかりながらの船旅でした。
さらに、瀬戸内海を根城にした海賊に襲撃されるとの噂も耳にしていました。貫之はそんな海賊を取り締まる側の国守をつとめていたので、恨みを買っていたと考えられます。
そんなわけで、ひとつ判断をまちがえればもろとも命さえ失ってしまうような旅であったわけです。55日間にわたる船旅だったとみられます。
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貫之の観察眼
十二月二十七日に国府を出港し、年を越して一月二十一日(陽暦で三月三日)室津の泊りで10日間も天候の回復を待ったあげく出航することとなりました。
★1春の海に、秋の木の葉しも散れるやうにぞありける。
(=春の海に(時ならぬ)秋の木の葉が散っているようであった。)
「春」と「秋」の対照、それに、いっせいに出航する数多くの船を木の葉に見立てる。〈古今集〉的な景物のとらえ方の典型といえます。現代の私たちの景物の見え方にも影響を与えているともいえます。
10日間も足止めされていたことを嘆くのではなく、こうして出航できたのは、祈願した神の思し召しだととらえているのも、合理主義思考を刷り込まれている現代の私たちとはかなり違うのがおもしろいですね。
貧しくて食べさせることができない家の子が、雑用に使われようとしてついてくる。その子が歌う。
★2なほこそ国のかたは見やらるれ、わがちちはは、ありとしおもへば。帰らや。
(=やっぱり自分の国の方が自然と見やられる。私の父母がいると思えば。帰ろうよ。)
現代の私たちと1100年ほど前の人々の暮らしの違いと、同時に、父母を想う気持ちの共通性も興味深い。
この「子」は、芥川の『羅生門』の主人公「下人」の境遇と重ねてみることもできますね。
😊😊😊😊😊😊
また、貫之は船頭が口にした次の歌に注目します。
「★3くろとりのもとに、しろき波をよす。」
(=黒鳥のところに白い波が寄せている)
船頭に対する作者の目はそうじてきびしい。
たとえば、土佐出発の際、人々が別れがたくしている場面で、「潮が満ちてきた。風もよい塩梅(あんばい)だ。船を出すぞ !」とせきたてる。人情というものを解しないと記しています(十二月二十七日)。
また、コメや酒を与えると機嫌がよくなる、物欲が強くゲンキンなことを批判する。
専門であるはずの天気のことまであてにできないのは我慢ならない。「今日は風雲のようすがとても悪い。なので船は出さない」。でも一日中好天だった。この船頭はたわけだとも言っています(二月四日)。
でも、ここでは船頭ていどの者が、「くろ」と「しろ」を対照させたとらえ方についてしゃれた物言いをするとしているのです。「なんとはなけれど」と手放しでほめていないのは、書き手(貫之)の「春の海」「秋の木の葉」の表現における重層性=洗練には及ばないからです。しかし、1100年前のこの国の子どもも船頭も、場に応じた歌や言葉を口にする風流を心得ていたのですね。
船旅の困難、海賊襲撃への心配を次のように詠っています。
★4わが髪の雪といそべの白波といづれまされりおきつしまもり
(=私の髪の毛と波の白さとではどちらが白いのだろうか、沖の島守よ)
これは誇張表現ではないのでは。人は、不安やストレスのせいで一晩で胃潰瘍を発症したり白髪(しらが)になることがあると言いますから。
この返歌を船頭に沖の島守に代わってせよ、とあてこすってこの日の記述はとじられます。
😑😑😑😑😑😑
かなで文字表現ができるようになった初期に、これほど高度で緻密で完成度の高い作品が書かれていることに驚かされます。
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(ラジオドラマ)紀貫之「土佐日記」
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