城の崎にて(志賀直哉)もっと深くへ!

 志賀直哉 

「 城の崎にて」

 もっと深くへ ! 


城の崎にて(志賀直哉)本文 朗読はこちらへ。

 

 

志賀直哉「城の崎にて」
あらすじを3分でかんたん解説


  志賀直哉の「城の崎にて」

 志賀直哉は1883年生まれ1971年没。芥川龍之介は「あんな文章、私には書けない」と言い、大岡正平には「彼の作品は近代文学の最高峰だ」評されました。「小説の神様」とたたえられ、多くの作家に影響を与えてきました(こちらを)。
 「城の崎にて」はわが国の私小説の代表的作品の一つとされ、心境小説の傾向が強い作品。山手電車にはねられて重傷を負う。病院に入院治療した後、兵庫県にある城崎温泉で療養。その城崎温泉滞在の際の体験を題材にして書かれました。徹底した観察力で生と死の意味を考え執筆されていて、簡素で無駄のない文体と適切な描写で無類の名文とされています(こちらを)。

城の崎にて(志賀直哉)本文 朗読はこちら

  あらすじ

 山手線の電車に跳ね飛ばされてけがをした「自分」は、その後養生(あとようじょう)のため城崎温泉へ出かけた。三週間以上、五週間くらい滞在するつもりだった。

 秋の城崎温泉で一人きりで療養している。「自分」は、死のことを思った。恐怖としてそれを感じるのではなく、「自分」の心は静まり、何かしら死に対して親しみが起こっていた。

 ある朝、「自分」は一匹のはちが玄関の屋根で死んでいるのを見つけた。「自分」はその死骸の静かさに親しみを持った。「自分」は范がその妻を殺す「范の犯罪」という短編小説を書いたが、今度は殺された妻の気持ち、彼女の死の静かさを書きたいと思った。

 ある午前、散歩に出かけた「自分」は、首に魚ぐしを刺され、子供たちや車夫に石を投げられているねずみを見て、「自分」は寂しい嫌な気持ちになった。そして「自分」は、自身が逢った事故のことを思った。

 ねずみのことがあってしばらくして、今度は「自分」が投げた石で偶然いもりを殺してしまった。電車の事故では偶然に「自分」は死ななかっただけで、死と生とはそれほど差がないのだなあと思い至った。

 三週間いて「自分」は城崎を去った。それから三年以上経つが、脊椎カリエスになるだけは助かった。


  全体の流れは

  自分の死骸を想像したりはちの死骸を目にして、死に親しみを感じた。

   ↓ ↓ ↓

  致命傷を負って必死にあがいているねずみを見て、自分は死に直面して死にたくないと抗(あらが)うかも知れないし、静かに死んでいけるかもしれないが、あるがままであるしかないと思う。

   ↓ ↓ ↓

 小川にいたいもりを水の中に入れようとして投げた石が、偶然命中していもりは死んでしまった。

   ↓ ↓ ↓

  いもりの死を目にして、生きているのと死んでいるのはそれほど差はないと思った。

   ↓ ↓ ↓

  そうであるのなら、死と生についてあれこれ考えていたことは無意味なことではないかとすごく混乱した心持ちになってしまった。

   ↓ ↓ ↓

  結局、予定していた最短の三週間いて城崎を去った。

   ↓ ↓ ↓

  あれから三年以上経過したが、脊椎カリエスが発症することだけは避けられた。

 

城崎温泉 三木屋

城の崎にて(志賀直哉)本文 朗読はこちらへ 

  的確無比な描写

 次は「自分」が投げた石が偶然いもりに命中した直後の描写です。


石はこツといってから流れに落ちた。石の音と同時にいもりは四寸ほど横へ跳んだように見えた。いもりはしっぽを反らし、高く上げた。自分はどうしたのかしら、と思って見ていた。最初石が当たったとは思わなかった。いもりの反らした尾が自然に静かに下りてきた。するとひじを張ったようにして傾斜に堪えて、前へついていた両の前足の指が内へまくれ込むと、いもりは力なく前へのめってしまった。尾は全く石についた。もう動かない。いもりは死んでしまった。


 余分な装飾や情緒を極力排除し、いもりの死に至りゆくありようがくっきりと描き出されています。まさに、日本語表現(小説)の達人と言われる作家だなと思います。同時代の作家で「痴人の愛」などを書いた、唯美志向の谷崎潤一郎も日本語表現の達人と言われていますが、志賀直哉と対極にある達人ではないでしょうか。


  アブノーマルであること

 「自分」(この小説の語り手として設定されている人物)に特に目を惹くようなことが起こることもなく、はちなどの小動物の死をめぐって目にしたこと考えたことが淡々と書かれていて、退屈だな、つまらないと思った人もいるでしょう。

 自分の死後について次のように語っています。思い入れや情緒を極力排し、技巧などは感じさないが、高度な表現となっているのではないでしょうか。

 

ひとつ間違えば、今ごろは青山の土の下にあお向けになって寝ているところだったなと思う。青い冷たい堅い顔をして、顔の傷もそのままで。祖父や母の死骸がわきにある。それももうお互いに何の交渉もなく、―こんなことが思い浮かぶ。それは寂しいが、それほどに自分を恐怖させない考えだった。

 こんな風に三週間、絶えず「死」についてああでもないこうでもないと考え続けるのは、かなりアブノーマル。でも、アブノーマルな感覚や思考が文学の原動力、たとえば、見えないものを可視化してくれるような力であると考えてもよいでしょう。その観点からこの小説を読むと、生と死の境界を可視化しようとしたが、結局、その境界などないことに気づいたとも解釈できるのではないでしょうか。

 生きているとは、たまたま死なずにいるのであり、意志の力とか必然性とか何かの加護とかは関係ない、何かのはずみで死んでしまっているのかもしれない。そんなドライで諦観的な認識が語られているようです。

 『城の崎にて』で語られていることは、生死を、因果にもとづく物語とか、宗教的な加護のようなことから理解したい願望とは対極にあるようです。


城の崎にて(志賀直哉)本文 朗読はこちら

↓ ↓ ↓




城の崎にて 1/2 問題解答/解説

問1 小さい流れ(前文にあります。)

問2 解答例…
  ① 自分の死後の姿を思い浮かべると寂しいが、恐怖はそれほど感じない
  ② 死は本当にいつ(訪れる)か知れない(切迫したもの)と実感した。
  ③ 自分の死を考えると心が静まり、死に対して親しみが起こった 
   (アンダーライン部がキー・ワード/キー・フレーズです。)

問3  解答例…他のはちとはまったくかかわりがなくなってしまっている点に対して「寂しかった」と感じ取られている。また、冷たい瓦の上で、足を腹の下にぴったりとつけ、触角はだらしなく顔へ垂れ下がっているはちの屍骸を見て、その不変で不動な点に対して「静かだった」と感じ取られている。

(完全に死の世界に入ってしまったものを寂しいと感じ、それは安らぎに似た静かさをもたらすものととられられています。)

問4  解答例…現在の「自分」は死んだ者の静かさに共鳴していることを示す効果。

(直前に、「はちの死骸」を想像しながら、「その静かさに親しみを感じた」と語られています。)


問5  
(直後の「あれが本当なのだと思った。自分が願っている静かさの前に、ああいう苦しみのあることは恐ろしいことだ。死後の静寂に親しみを持つにしろ、死に到達するまでのああいう動騒は恐ろしいと思った。」に着目。)

問6  a…   b…   c…   d…


「城の崎にて」2/2  問題 へ


💚💚💚こちらも、おすすめデス💖💖💖
檸檬(梶井基次郎)~みすぼらしくて美しいものを ! こちら

鞄(かばん)(安部公房)~自由でなければならない😕、という不自由?こちら

こころ(夏目漱石)1/2~他人が持っているものをほしくなる?こちら

羅生門(芥川龍之介)~情緒・感覚から合理・理性へこちら

山月記(中島敦)~虎になってしまった男こちら

城の崎にて(志賀直哉)~生と死の境界線はどうなっているの?こちら

舞姫(森鷗外)~救いの手を差しのべてくれた相澤謙吉は良友か?こちら

小式部内侍「大江山いくのの道の」~才媛の娘は才媛?(古今著聞集)こちら

帰京(土佐日記)~無責任な隣人😖 & 亡き娘😭 はこちら

雪のいと降りたるを(枕草子)~「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ。」こちら

東下り(伊勢物語) もっと、深くへ ! こちら

梓弓(伊勢物語)~すれ違いによる悲しい結末こちら

光源氏の誕生(源氏物語)~四代の帝、七十四年間、登場人物五百人の物語のはじまりこちら

レビュー花は盛りに(徒然草)~新しい美意識、わび・さびへこちら

エッセー「になります」~ちかごろ気になる言い方こちら

レビュー👩平安女流👩~世界史上特筆される存在 ! こちら

レビュー木曾の最期(平家物語)~日本人がそうふるまうのは なぜ ? こちら

レビュー「楊貴妃=長恨歌(白氏文集)」~中華と日本、美女の描き方こちら

エッセーお豆の煮方 how to boil beans in Japan.こちら

パフォーマンス「東京人形夜~Life is beautiful」を観たこちら

映画「HOKUSAI」~浮世絵師葛飾北斎の鮮烈な生きざま、田中 泯の存在感、目が離せないこちら

パフォーマンス「すこやかクラブ~パラダイスの朝に」こちら

映画「日日是好日」~樹木希林、最後の出演作、世の中にはすぐわかるものと、わからないものがあるこちら

ドラマ「ごちそうさん ! 」~食べ物についてこちら

臥薪嘗胆~すさまじい怨恨の連鎖(十八史略)こちら

荊軻~始皇帝暗殺(史記)こちら

韓信~国史無双、劉邦の覇権を決定づけた戦略家 (史記)こちら

鴻門の会~九死に一生を得る(史記)こちら

項王の最期~天の我を亡ぼすにして(史記)こちら

コメント