御前(おまえ)にて人々とも
(枕草子)
~中宮定子の心遣いに心ふるえる
中宮定子
冲方丁 最新歴史小説!
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御前にて人々とも(枕草子)を現代語で
上質の紙や筆は落ち込んだ気分を救ってくれる
中宮(定子)様の御前で、ほかの女房たちと、また、中宮様が何かおっしゃられるついでなんかにも、私(=清少納言)が、
「世の中が腹立たしく、がまんできなく、わずかな間も生きられそうにない心地がして、ただもう(地獄でも)どこへなりとも行ってしまいたいと思うようなとき、普通の紙ながら、たいそう白くてきれいな紙に加えて、上等の筆、白い色紙、★1陸奥紙(みちのくがみ)などを手に入れると、この上なく心が晴れ、ままよ、こうしてしばらく生きられそうだ、と思われてきます。また、高麗縁(こうらいぶち)のむしろの、青々としてきめ細かな厚手のもので、縁(ふち)の紋がとても鮮やかに黒く白く見えているのを引き広げて見ると、どうしてどうして、やはりこの世は思い捨てられないと、命さえ惜しくなってきます。」
と申し上げると、中宮様は、
「とてもたわいないことにも慰められるようね。★2姥捨山の月は、いったいどんな人が見たのだろうか」
などとお笑いあそばす。お側にお仕えしている女房も、
「(紙や筆とは、)とても手軽な災難よけのまじないのようですね」などと言っていた。
★1陸奥紙・・・陸奥産の、厚手で細かなしわのある上質紙。
★2姥捨山の月は~・・・「わが心慰めかねつ更科や姥捨て山に照る月を見て」(「古今集」の歌。私の心をどうしても慰めることができない。更級のその名も姥捨の山を照らす月を見ていて)を念頭においたことば。あの姨捨山の月を見ても慰まない人がいるというのに、あなたは紙とか筆なんかで心が慰むのねというもの。
中宮から思いがけない贈り物が
さてその後しばらくして、心の底から思い悩むことがあり、宮中を離れて実家にいるころに、中宮様が、すばらしい紙を二十包みばかり包んで私に下さった。仰せごととして、
「こちらへ早く参上せよ」
などとおっしゃって、中宮様のお言葉をそのまま書いていて、
「★3これは、聞き覚えていたことがあったから。ただ、この紙は上等ではなさそうなので、寿命経(延命を祈るお経)も書けそうもないようね。」
とおっしゃったのがとてもおもしろい。私が忘れていたことを覚えておられたのは、やはり普通の人の場合でもすばらしいに違いない。まして(相手は中宮様なのだから、)並み一通りのことと思ってよいわけがない。あまりのうれしさに心も乱れて、(中宮様に)申し上げようもないので、ただ、
「かけまくも かしこき神の しるしには 鶴の齢(よわひ)と なりぬべきかな
(口に出すのも恐れ多い神(紙)の効果で、千年も生きる鶴の寿命となってしまいそうなほどです)
あまりに大げさでございましょうか、と申し上げてください。」
と言って(使者を通じて)返事を差し上げた。★4台盤所の召使が使者として来たのだった。その使者に心遣いに青い綾織りの単衣(ひとえ=裏地がない夏用着物)を与えたりして返した後、この紙を草子(=とじ本)に作るなどして大騒ぎしていると、まったくがまんできないことも紛れる気持ちがして、おもしろいものだと心の中で感じられる。
★3「これは~」・・・清少納言の「紙をもらうと長生きできそうな気になる」ということばを受けて、「寿命経」としてる。贈った紙は上等でないので写経もできそうにない、と中宮は謙遜している。
★4台盤所・・・女房の詰め所。
御前にて人々とも(枕草子 二百七十七段)原文+現代語訳はこちらを
清少納言
中宮(定子)の心づかいに心ふるえる
要約すると、
きれいな紙を手に入れると落ち込んでいても気が晴れると、中宮様や女房たちの前で語っていた。その後、思い悩むことがあり実家に下がっていた時、中宮様が上質の紙二十包み送ってくださった。私ごときが言ったことを覚えて下さっていたなんて、感激で心が震えた。その紙で草子など作っていたら気持ちが晴れてきた。
と言うことになります。
紙・莚(むしろ)…?そんなもので、なんで心が晴れたりするのかな…?とも思いますよね。
紙も莚も高価な貴重品、ましてや、上質なものはごく一部の例外的な人が利用できるもの。紙、現代でも経済的な理由で利用できない地域の人々が大勢いるといいます。莚(むしろ)や畳など今では私たちにとって平凡極まりないけど、畳を部屋に敷き詰めるとかは室町時代ころから、高位の僧や一部の支配者のみができるようになった…庶民ができるようになったのは、近代になってかなり時間がたってから。
1000年前、後宮で中宮定子と女房たちがどんな会話を交わしていたのか、とてもおもしろい。中宮定子の、身近に仕える女房たちへの心遣い、周りを和(なご)やかな雰囲気にしようとする、堅苦しくはないが繊細高度なことばやふるまいに感嘆します。また、清少納言、かわいがっていたとはいえ、一使用人ごとき者が言ったことを覚えてくださっただけではなく、体調を崩して実家に下がっていた折は、気のきいた言葉をそえて慰安の贈り物まで下さった…清少納言は心底感激しているのです。
「枕草子」では、気高く、美しく、優美で、教養があるだけではなく、とても繊細で心優しい人であったと中宮定子をまるで菩薩様か何かのように尊敬・崇拝し、自慢するように書かれています。
「枕草子」とは
日本語は文字を持たない言葉でしたが、平安時代の初期(1200年ほど前)に、漢字を元にしてひらがな・カタカナが発明され、そうして初めて、私たちが日常使っている言葉で、心情や情景の文字表現ができるようになりました。このようにして、かな・かな漢字混じりで書かれる物語という新しい文学に発展していきました。文学史的には、こうして、架空の人物や事件を題材にした〈作り物語〉(「竹取物語」など)と、歌の詠まれた背景についての話を文字化した〈歌物語〉(伊勢物語)の二つが成立したとされています。
さらに、見聞きしたことや、自然・人事についての感想・考え・評価などを自在に記す〈随筆〉として、千余年ほど前清少納言によって『枕草子』が書かれた。中宮定子(ちゅうぐうていし)に仕えた宮中生活の体験や、感性光る「ものづくし」を自在に著わした「をかし」の文学と言われている。『枕草子』も、日本人独自の感受性、ものの見方、ふるまい方の原型の一つとなっているといえます。
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