頭の辨の、職にまゐり給ひて(枕草子129段)~恋愛ゲームめいたコミュニケーションが意味すること !

  頭の辨の、職にまゐり給ひて 

 (枕草子129段) 

 ~恋愛ゲームめいた 

 コミュニケーション

が意味すること ! 

超訳マンガ百人一首物語
第六十二首(清少納言

『枕草子』についての解説記事こちらを。

頭の辨の、職にまゐり給ひて(枕草子129段)の原文はこちらを。

 藤原行成、夜の談話を宮中の物忌のため中座する 

 藤原行成(ゆきなり)様が、職(しき)の御曹子(みぞうし)に参上なさって、話などしていらっしゃったが、夜が更けてしまった。

行成様は、「明日は宮中の物忌(ものいみ)で、籠もる予定ですので、丑の刻(うしのこく 午前1~3時)になったらまずいでしょうから。」

とおっしゃって参内(さんだい 皇居にあがること)なさった。


 藤原行成(ゆきなり・こうぜい)は、原文では人名ではなく「頭の辨(こちらを)」とその人の職名で書かれています。平安中期の三蹟(さんせき=平安中期の三人の書の名人。他に小野道風藤原佐理。)とされる能筆家であり、一条天皇治世下の四大納言(こちらを)とされた一人。

 ある夜、行成が職の御曹子(しきのみぞうし こちらを)で雑談していたが、宮中で物忌(こちらを)があるのでと言って中座しました。


 翌朝の歌のやり取り 

 翌朝、蔵人(くろうど こちらを)の詰所用の用紙を折り重ねて、

「今日物足りない気がします。夜を徹して、昔話などして明かそうと思っていたのに、丑(うし)ならぬ、鶏の声にせき立てられまして。」

と、たいそう言葉を尽くしてお書きになってよこされた手紙は、とてもみごとな筆跡だ。私はお返事に、

 「ずいぶん夜更けに鳴いたという鳥の声は、孟嘗君の(食客が鳴きまねをしたという、にせの鶏の)ことでしょうか。」

と書いて申し上げたところ、折り返し行成様から、

 「孟嘗君の鶏は、その鳴き声で函谷関を開くことができ、三千人の食客がかろうじて逃げ去った、と書物に書いているが、これはそれと違ってあなたと私の逢坂の関ですよ。」

とお返事があったので、私が、

  夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ

(まだ夜が明けないうちに、鶏の鳴きまねでだまそうとしても、函谷関の関守はともかく、あなたと私が逢うという逢坂の関は(通すことを)決して許さないでしょう。

  函谷関の関守のような間抜けではなく、気の利いた関守がおりますのよ。)

と申しあげる。するとまた、折り返し、行成様から

  逢坂は人越えやすき関なれば鳥鳴かぬにもあけて待つとか

(今の逢坂の関は、人の越えやすい関所ですから、夜明けを告げる鳥が鳴かない時も門を開けて来る人を待っているとかいうことですが…)

と書いてあった手紙なんかを、最初の手紙は僧都の君(=隆円僧都)が、たいそう額(ひたい)をつき懇願までして、持っていらっしゃいました。後の手紙は、中宮様に差しあげた。

ところで、私は逢坂の歌には閉口して、返歌も詠めずじまいだった。まったく困ったもの。


 翌朝、行成から中座したおわびの挨拶(あいさつ)の手紙がありました。退出する際の「丑(うし)の刻」という言葉にかけて、「丑」ならぬ「鶏」の声に急き立てられてとしゃれた言い方をして、「夜通し昔話などして語り明かしたかったのに、心残りです」と書いていました。それに対して、清少納言は「嘘をおっしゃいますな。中国の函谷関(かんこくかん)の故事と同類の、鶏のそら鳴きだったのでしょう」と答えます。

 「函谷関の故事」というのは、中国の史記にある孟嘗君(もうしょうくん)の「鶏鳴狗盗(こちらを)」の話です。秦国に入って捕まった孟嘗君が逃げる時、一番鶏が鳴くまで開かない函谷関の関所を、部下に鶏の鳴き真似をさせて開けさせて、逃げるのに成功したという故事です。

 清少納言は、「夜を通して話をしたかったなんて、心にもないごあいそうの言葉でしょ」と言いたいわけです。それに対して行成は「関(所)は関(所)でも、あなたに逢いたい逢坂の関(所)ですよ」と、恋歌に擬した言い方で弁解をします。男女のきわどいやりとりめいた言葉のやり取りをしているわけです。

 そこで詠まれたのがこの歌(夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ)です。「鶏の鳴き真似でごまかそうとも、この逢坂の関は絶対開きませんよ(=私の恋の関所は守りが固いので、お会いしません)」という意味です。

 行成はそれに対して、「あなたの逢坂の関は守りが弱いと聞いています=尻軽で誰とでも会うのでは ? 」という下品なものでした。清少納言は、さすがに閉口して返歌も詠めませんでした。

 「最初の手紙は僧都の君(=隆円僧都)が、たいそう額(ひたい)をつき懇願までして、持っていらっしゃいました。」とあるのは、行成は書の名人で誰もが行成の書いた書を欲しがっていたのです。書への鑑識眼のある清少納言宛には特に気を入れて書いたでしょうから、僧都の君が額をついて懇願するほど欲しがったのが分かります。中宮も手に入ったのでとても喜んだことでしょう。行成の書は、観賞用コレクションとしても書道のお手本としてとても垂涎(すいぜん=こちらを)ものだったのです。

 
国宝 白紙詩巻
 藤原行成 寛仁2年(1018)


 届いた手紙を人に見る ? 見せない ? 

 行成様が、「あなたのお手紙は殿上人(てんじょうびと=帝に接見できるような上級貴族)がみんな見てしまったよ。」とおっしゃるので、私は、

「あなたが私を本当に思ってくださっていたのだなぁと、その一言でわかりました。よくできた歌は、口から口へ伝わらないのは、つまらないものですから。反対に、みっともない歌は、人目に付くことがつらいことですから、あなたからのお手紙は、厳重に隠して人には少しも見せておりませんの。あなたと私の友情のほどを比べますと、見せる見せないは違っても、同じことになりますわね。」と言うと、

行成様は、「あなたがそこまで物事を分かって言うのが、なんといってもやはり他の人とは違って感心させられる。『よくも考えないで、私の手紙を他人に見せてしまって ! 』などと、並の女のように言うかもしれないと心配していたのですよ。」

などと言ってお笑いになる。

私は、「まさかとんでもない。お礼を申し上げたいくらいですわ。」

などと言う。

行成様は、「私の手紙をお隠しになったことは、これもまた、やはりしみじみとうれしいことですよ。人目についていたら、どんなに不快で嫌なことでしょう。これからも、その分別を頼りにしましょう。」

などとおっしゃった。


 行成清少納言からの手紙を殿上人(てんじょうびと=上級の貴族 こちらを)に見せたよと言うと、清少納言よくできたなと思う歌は人に伝わり知ってほしいのでうれしい、それとは逆に、行成からの手紙は二人の関係がゴシップの種となる恐れがあるので、人には絶対に見せないと言う。

 行成清少納言からの手紙を人に見せたことを非難がましく言わなかったことに感心しているよと言って笑った。また、行成が送った手紙を清少納言が人に見せないことを、自分が女たらしの軽薄な人間だと誤解されないですんだと言って、清少納言を誉めているわけです。


 源経房が清少納言を誉める 

④ その後に、経房の中将様がおいでになって、

「行成様が、あなたのことをたいそうめていらっしゃるとは知っていますか。先日の手紙にあった『夜をこめて』の歌などについてお話なさった。自分の恋人が他の人からめられるのは、とてもうれしいものですよ。」

などと、きまじめな顔でおっしゃるのもおもしろい。

私が、「うれしいことが二つ重なりましてよ。あの行成様がめてくださるそうなうえに、あなたの恋人の中に私が加えられていましたってことが。」

と言うと、経房の中将経房が、

「あなたが私の恋人であると言ったことを目新しいことのようにお喜びなさるのですね。」などとおっしゃる。


 源経房(みなもとのつねふさ こちらを)が来た時、行成が「夜をこめて」歌を吹聴し誉めていたことを、自分の恋人が他人から誉められるのはうれしいものだと言う。ここでも、恋人めいた言い方をして、「あなたのこと評判になっているよ ! 」と伝えているわけです。二人のやり取りを読むと、もしかして、二人は恋仲にあったのかも ? と思うような書きぶりですよね。

 ここでの手紙や歌や話しのやり取りは、実用上の伝達内容は何もないと言ってもいいでしょう。恋愛ゲームのような体裁をとった言葉のやり取りや故事に基づく言葉のやり取りによって、繊細で高度なコミュニケーションがなされているといっていいでしょう。意識していたにしろそうでないにしろ、そのようなコミュニケーションが中宮定子のサロンで行われ、帝や上流貴族たちからの好感を得ることになり、世の評判を呼び、結果的には中の関白家(藤原道隆を始祖とする一族)の世間からの支持を得ることにつながるものだったと思われます。

頭の辨の、職にまゐり給ひて(枕草子129段)の原文はこちらを。

 「頭の辨の、職にまゐり給ひて」から考える 

 前項で「ここでの手紙や歌や話しのやり取りは、実用上の伝達内容は何もない」と述べましたが、このような非実用的な文章が、じつは、文化や文明を創り出し進めていく原動力になるという事を理解できない風潮が現在強いのを、私は危惧しています。

 ITやネット関連の事業などで成功し、若い人たちにもてはやされ人気のある人たちが、ネット媒体などで文芸や哲学などの人文分野(こちらを)を軽視し揶揄しているのが受けているを見ていると心配になります。教育行政も、「論理国語」という科目を新たに立てて、文芸分野よりも賃貸住宅などの契約書を理解する方が大事だというような方針で、次の世代を育てようとしているようです。

 平安時代、漢文は、主に役所の記録や儀式や出来事の記述というような、多くは実用的な用途で用いられました。ところが、かなが発明されて以来、かな書き・漢字かな交じりの文章が書かれるようになって、日記文学・歌物語・随筆・説話・物語文学・歴史物語の数多くの作品が書かれるようになったのです。文芸作品は実用上なくてはならないものではありませんが、そのようにして日本独自の文化・文明が創られ発達していきました。絵画や書道・管弦・歌舞をはじめとする諸道とともに、文芸(詩・小説・随筆・評論)という非実用的な文章が、自然科学的分野と並んで、文化・文明の礎(いしづえ)であり文化・文明そのものであったこと、今後もそうであることを自覚することは決定的に重要だと思います。私たちは、快適で便利な生活を望むのは言うまでもありませんが、どこの誰だか得体のしれないのっぺら坊にはなりたくありませんから。

 この記事「頭の辨の、職にまゐり給ひて(枕草子129段)~恋愛ゲームめいたコミュニケーションを楽しむ !」の結末として、そんなことを考えました。


【参考動画①】
藤原行成 白楽天詩巻」古典臨書(翠葉)


                 【参考動画②】

枕草子 水野ぷりんさん作
⇩ ⇩ ⇩
「春は曙」(枕草子)についての記事はこちらです。

『枕草子』についての記事こちらを。

💖💖💖 「枕草子」ほかの記事💚💚💚

清少納言~👩👩平安女流👩👩 世界の文学史上に輝く綺羅星たち ! こちら

宮に初めて参りたるころ(枕草子)~平安・女性の「😓はずかしい😓 」こちら

雪のいと降りたるを(枕草子)~少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ。こちら

古今の草子を御前に置かせ給ひて(枕草子/二十段)~中宮定子様が物忌の夜にお語りになったことこちら

ふと心劣りするものは(枕草子)~清少納言、1000年前の言葉づかい論こちら

💚💚💚こちらも、おすすめデス💖💖💖

光源氏の誕生(源氏物語)~四代の帝、七十四年間、登場人物五百人の物語のはじまりこちら

袴垂、保昌に会ふこと(宇治拾遺物語)~鎌倉時代、新しいヒーロー像の登場こちら

大和物語「姥捨」~育ての親のおばを山中に捨てに行った話こちら

小式部内侍「大江山いくのの道の」~才媛の娘は才媛?(古今著聞集)こちら

忘れ貝(土佐日記)~亡き娘👧のために、拾う?拾わない? こちら

梓弓(伊勢物語)~すれ違いによる悲しい結末こちら

花は盛りに(徒然草)~新しい美意識、わび・さびへこちら

富嶽百景(太宰治)1/2 ~人々との出会いこちら

檸檬(梶井基次郎)~みすぼらしくて美しいものを ! こちら

こころ(夏目漱石)1/2~他人が持っているものをほしくなる?こちら

羅生門(芥川龍之介)~情緒・感覚から合理・理性へこちら

山月記(中島敦)~虎になってしまった男こちら

城の崎にて(志賀直哉)~生と死の境界線はどうなっているの?こちら

鞄(かばん)(安部公房)~自由でなければならない😕、という不自由?こちら

舞姫(森鷗外)~救いの手を差しのべてくれた相澤謙吉は良友か?こちら

エッセーお豆の煮方~食べ物はオナカを満たすだけではないこちら

レビュー👩平安女流👩~世界史上特筆される存在 ! こちら

レビュー木曾の最期(平家物語)~日本人がそうふるまうのは なぜ ? こちら

レビュー「楊貴妃=長恨歌(白氏文集)」~中華と日本、美女の描き方こちら

エッセー幸田文「えぞ松の更新」(『木』)~死にゆく先にこちらから

映画[工作~黒い金星/ブラック・ヴィーナスと呼ばれた男]~はじめての韓国映画、クオリティーが高い ! はこちらから

映画「HOKUSAI」~浮世絵師葛飾北斎の鮮烈な生きざま、田中 泯の存在感、目が離せないこちら

パフォーマンス「すこやかクラブ~パラダイスの朝に」こちら

映画「日日是好日」~樹木希林、最後の出演作、世の中にはすぐわかるものと、わからないものがあるこちら

ドラマ「ごちそうさん ! 」~食べ物についてこちら

映画イミテーション・ゲーム~ナチス・ドイツ軍の暗号機エニグマを解読、天才数学者チューリングこちらから

映画ブリッジ・オブ・スパイ~米ソ冷戦下、不可視のドラマ、目が離せない😶 はこちらから

臥薪嘗胆~すさまじい怨恨の連鎖(十八史略)こちら

荊軻~始皇帝暗殺(史記)こちら

韓信~国史無双、劉邦の覇権を決定づけた戦略家 (史記)こちら

鴻門の会~九死に一生を得る(史記)こちら

項王の最期~天の我を亡ぼすにして(史記)こちら



コメント