古今の草子を(枕草子/二十段)もっと、深くへ ! 

 「枕草子」とは 

 現在、私たちが小説や評論とよんでいるものが、昔から存在していたわけではない事情は、『かぐや姫のおいたち(竹取物語) もっと深くへ! 』で少し詳しく書きました。


 現在の私たちの感覚からは奇妙に思えるかもしれませんが、日本語はそれを表す文字を持ちませんでした。世界に6000以上の言語があるうち、文字を持つのは数パーセント言われています。平安時代の初期(1200年ほど前)に、漢字を元にしてひらがな・カタカナが発明され、そうして初めて、私たちが日常使っている言葉で、心情や情景の文章表現ができるようになっていったのです。このようにして、かな文字で書かれる物語という新しい文学に発展していきました。文学史的には、こうして、架空の人物や事件を題材にした〈作り物語〉(「竹取物語」など)と、当時の貴族社会で語られていた歌の詠まれた背景についての話を文字化した〈歌物語〉(「伊勢物語」)の二つが成立したとされています。

 さらに、見聞きしたことや、自然・人事についての感想・考え・評価などを自在に記す随筆として、千余年ほど前清少納言によって『枕草子』が書かれた。中宮定子に仕えた宮中生活の体験や、感性光る「ものづくし」を自在に著わした「をかし」の文学と言われている。『枕草子』も、日本人独自の感受性、ものの見方、思考の組み立て方の原型の一つとなっているといえます。





 定子の『古今集』試問 

 文字を持たないアイヌ族の婦人が、自らの神話を延々と暗誦しているのを目にしたことがあります。また、字が下手だからといって文字で記録することを避けていた人が、記憶力が常人を越えて強いことに驚かせられたこともあります。「枕草子」が書かれた時代、もちろん、印刷技術はなく、詩文や経文を読みたければ数が限られる写本を手に入れるしかありませんでした。また、紙そのものが高価なもの。定子に仕えるほどの女房たちなら、「古今集」の歌千百首余の多くを諳んじていたのでしょう。

 「古今の草子を」1/2での定子の試問に対する女房たちの正答率が低いのは、帝・后妃お二人を前にしての緊張?…さらに、間違えたらどうしようと平常心を失っているためか…?「古今集」を書写することを仕事にしている女房も満足に答えられないとは…?ひどく動揺しているのか…?

 村上帝の試問と定子の意図 

 定子の試験(「古今の草子を」1/2)は、この「古今の草子を」2/2で、一条帝の祖父帝(村上帝)をモデルにしたものと明かされる。1/2は2/2の伏線となる試みだったことがわかります。

 村上帝宣耀殿の女御への試問は、『その月、何の折、その人のよみたる歌はいかに。』と詞書からその歌を答えさせるもので、①の、上の句を読んでその下の句を答えさせる定子のものより難易度が高いもの。宣耀殿の女御よどみなく完璧に、しかも、控えめな言い方で答えた。宣耀殿の女御の教養の深さ、そして、上品優雅な人柄が偲ばれます。定子の試問に正答率の低かった女房たちの目指すべきモデルともなる話だったのです。

 宣耀殿の女御の父左大臣が娘のために祈祷させたというエピソード、受験を控えた子どものために天満宮などに参拝祈願する現代の親を連想させ、1000年前も子を思う親心は変わらないのですね。

 定子の巧みに語られる話一条帝はとても感銘を受け、女房たちも感動している。と同時に、定子は、女房たちがいっそう教養を深めようと自ら思うように仕向けているようにも思われる。しかも、押し付けがましくなく、聞いている人たちが楽しめるような話し方で。

 そんなすばらしい定子に仕えられていた作者(清少納言)の満ち足りた気持ちがこの章段を書かせているようです。

 物忌 

 「物忌(ものいみ)」とは、暦の上や占いや夢見の見立てなどから「凶」の期間、外出を控え謹慎すること(こちらを)。近代合理主義=モダンのパラダイムで考えたり行動している現代の私たちには奇妙な習慣にみえますね。でも、モダンに続くポスト・モダンからみると私たちの思考と行動原理である近代合理主義が未熟で奇妙に見えることになるということもあります。

 村上帝宣耀殿の女御(せんようでんのにょうご)への試験は、時間をもてあましがちな「物忌」だからこそ行われたこと。「物忌」の期間を天皇や后妃や仕えていた女房たちが宮中でどう過ごしていたのかが、リアルかつ詳細に描かれていて興味深い個所です。AIやイノベーションやロボットの進化によってしなければならない仕事がなくなったポスト・モダンの人間がするのは、これに類似することやart だったらよいのですが……?


「古今の草子を御前に置かせ給ひて(枕草子/二十段)~中宮定子様が物忌の夜にお語りになったこと」でさらに理解を深めることができます。こちらです。


【参考】紫式部と清少納言の関係は?




【参考動画】「清少納言と紫式部・ベストセラー誕生の秘密」
45分と長く、音声が途切れる部分がありますが、最新の説を含む面白いコンテンツです。
↓ ↓  
「清少納言と紫式部・ベストセラー誕生の秘密」



古今の草子を  問題解答(解説)


1/2

問1 尊敬の助動詞「せ」「させ」と尊敬の補助動詞「給ふ」の二重敬語を用いている点。

(該当する述語は、「置かせ給ひて」、「仰せられて」、「問はせ給ふに」、「夾算せさせ給ふを」。その中で、アンダー・ライン部の説明となる。)

問2 この『古今和歌集』の中の歌の下の句は、なにか(どんな句か)
 (直前の「古今の草子…歌どもの本」がキー・フレーズ。「(もと)」・「(すゑ)」は、短歌の上の句・下の句の別名であることを覚えておくこと。)

問3 おぼえているうちには入るまいよ
(15字。「かは」は反語。反語は強調表現の一種、ここでは、「覚えていることにはならない」という否定の強調。)

問4 
 (「気憎し」は、小憎らしい/無愛想だの意の形容詞の語で、ここでは連用形。)


問5 強意(確述)の助動詞「ぬ」の終止形に、当然の助動詞「べし」の連体形「べき」が続くもの。

完了の助動詞「つ」「ぬ」は、推量・意志の「む」「べし」などに続くと「強意(確述)」となることが多い。「べし」の意味は、《スイカトメテ》べしと割れた、ここではト。)

問6 清少納言・随筆・平安時代中期・定子


a.Q

をかし
(問題本文は中宮定子が、女房たちが「古今集」の暗誦をどれくらいできるか試している、知的でみやびな遊びのようすを描いている。「をかし」は、知的で明るいものに感心したり心惹かれた時の感情をあらわす語、趣がある・美しい・かわいい・おもしろい・おかしいの意。)



2/2

問1 

(「たれ〈代名詞〉/かは〈係助詞 反語〉/知り〈ラ四動 知る 用〉/奉ら〈補助動 謙譲 奉る 未〉/ざら〈助動詞 打消し ず 未〉/む〈助動詞 推 む 体〉」。「誰が存じ上げないだろうか。いや、誰もが存じ上げているであろう」という反語表現。反語表現は強調表現の一種と理解する。)

問2 「聞こえ」は「言ふ」の謙譲語「聞こゆ」の連用形、申し上げるの意、中宮定子が宣耀殿の女御に敬意を表すもの。「聞こしめし置き」は「聞き置く」の尊敬語「聞こしめし置く」の連用形、あらかじめ耳になさっているの意、中宮定子が村上帝に敬意を表すもの。
(日本語は敬語が多用されるのがその特徴の一つ。まず現代語の敬語法をしっかり理解しておくと、古文敬語の理解が容易になります。)

問3 歌の方面に練達した女房

(女御が正しく答えられるか正確に判断できる女房を、村上帝は準備したという文脈。「おぼめかしから」は、形「おぼめかし」の未然、はっきりしない・ぼんやりしているの意。「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の体。「おぼめかしからぬ」で、ここでは教養深い・熟達したの意で使われている。)

問4 『古今集』の上の十巻の終わり 

(直前に「十巻にもなりぬ。『さらに不用なりけり。』とて」とある。)


問5 みずきょう
(「誦経(ずきょう)」とは、経文<仏教の経典>を声を出して読むことです。)

問6 清少納言・随筆・平安時代中期・定子

a. Q 

女御が本当に「古今集」を暗誦できるか、帝が試問なさること。 (29字)
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