雪のいと降りたるを(枕草子)もっと、深くへ !



『枕草子』第284段
~香炉峰の雪

 「枕草子」とは 

 現在、私たちが小説や評論とよんでいるものが、昔から存在していたわけではない事情は、『かぐや姫のおいたち(竹取物語) もっと深くへ ! 』(こちらへ)で少し詳しく書きました。


 平安時代の初期(1200年ほど前)に、漢字を元にしてひらがな・カタカナが発明され、そうして初めて、私たちが日常使っている言葉で、心情や情景の文章表現ができるようになっていったのです。このようにして、かな文字で書かれる物語という新しい文学に発展していきました(万葉仮名は除く)。文学史的には、こうして、架空の人物や事件を題材にした〈作り物語〉(「竹取物語」など)と、当時の貴族社会で語られていた歌の詠まれた背景についての話を文字化した〈歌物語〉(伊勢物語)の二つが成立したとされています。

 さらに、見聞きしたことや、自然・人事についての感想・考え・評価などを自在に記す〈随筆として、千余年ほど前清少納言によって『枕草子』が書かれた。中宮定子に仕えた宮中生活の体験や、感性光る「ものづくし」を自在に著わした「をかし」の文学と言われている。『枕草子』も、日本人独自の感受性、ものの見方、思考の組み立て方の原型の一つとなっているといえます。


 三種の章段 

 内容から三種の章段に分類されています。

類集(るいしゅう)的章段…「山は」「市は」や「すさまじきもの」「にくきもの」などの形で始まるもの。ものづくし

日記的章段…特定の場所・時に清少納言が見聞きしたことなどを記録したもの。回想的・実録的章段とも。

随想的章段…自然や人事についての感想を書いたもの。


 「雪のいと降りたるを」は、日記的(回想的・実録的)章段 になります。


 雪の日のエピソード 

 雪が高く積もった日、女房(にょうぼう⇒こちら達はいつもとは異なり炭櫃(すびつこちら)に火をおこし雑談をしていたら、中宮(定子)が「少納言よ、香炉峰(こうろほう)の雪、いかならむ(どんなかしら)。」とおっしゃる。女房達はその言葉の意図を解せず、怪訝(けげん)な顔。すると、清少納言は格子(こうしこちら)をあげさせ、御簾(みす)をあげると中宮は満足の笑みをおこぼしになった。白居易(はくきょい)の香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥〈あ〉げて看る」(白氏文集=はくしもんじゅう)を念頭に、「雪景色を楽しみましょう」と促(うなが)す中宮の意を即座にさとって行動したのでした。

 雪が降り積もる日は雪景色を観るため格子(こうし)を上げているのがふつうだったのでしょう。この時、誰も格子を上げようとしなかったのは、女房達が寒さにかまけて炭櫃(すびつ)を囲んでいたのかもしれません。

 あるいはまた、中宮(定子)の計らいがあったのかもしれません。宮仕えしたばかりの清少納言は気後れして引込み思案になっていたようです(詳しい様子はこちらへ)。中宮がそんな清少納言に活躍の場を与えて自信を持たせようとして、事前に女房達に「今日は格子を下ろしたままにしておくように」とのご下命があったのかもしれません。


 自慢話なのか ? 

 元来、中宮(定子)は高い教養の持ち主で、洗練された機知にめぐまれ、後宮の独特の文化を創り出した方のようです。女房達に和歌の課題を出したり、教養を高める必要をそれとなく促したり、中宮(定子)の後宮(こうきゅう)の世間の評判を高めた方のようです。


 中宮の意図を即座に理解して行動した清少納言のことを、女房達は「やはり中宮様にお仕えする人としてうってつけの人ですわ」などと言ったと書かれています。崇敬する中宮から認められた喜びを伝えようとする記事になるのですが、結果、作者自身の自慢話となってしまっていて、自慢話を書くなどおくめんがないともみえますが、これに類するような話は他の段にもあります。

 清少納言の気持ちとしては、中宮高い教養、洗練された機知、思いやりのある人柄や、それに、中宮(定子)の後宮の雰囲気や出来事を書き記すことで、中宮のすばらしさを讃(たた)えようとするのが真意だったのではないでしょうか。

「雪のいと降りたるを」(枕草子/284段) 原文と現代語訳はこちら


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 《参考》「香炉峰の…」とは 

 白居易の七言律詩の「香 炉 峰 下 新 卜 山 居 草 堂 初 成 偶 題 東 壁」という長い題のついた詩の一節を引用したものです。白居易とは唐代中期の詩人。字(あざな)は楽天白居易の詩文は日本でも人気があり、平安時代に成立した『和漢朗詠集』は朗詠用の漢詩句588首のアンソロジーですが、そのうちで136句が白居易の作品です。国文学にも多大な影響を与えた詩人でした。


 この漢詩は、白居易が江州という土地に左遷(降格として地方へとばされることです)され、司馬という閑職に任命されたときに詠んだものです。左遷されたとはいえ悲壮感はなく、当時の悠々自適(ゆうゆうじてき)な心境を読み取ることができます。


七言律詩 = 一句7字、全8句から成る、漢詩の詩形
香 炉 峰 下 新 卜 山 居 草 堂 初 成 偶 題 東 壁
              白居易
A 日 高 睡 足 猶 慵 起
B 小 閣 重 衾 不 怕 寒
C 遺 愛 寺 鐘 欹 枕 聴
D 香 炉 峰 雪 撥 簾 看
E 匡 廬 便 是 逃 名 地
F 司 馬 仍 為 送 老 官
G 心 泰 身 寧 是 帰 処
H 故 郷 何 独 在 長 安
(「
」「」「」「安」というように(脚)が踏まれ、CとD、EとFが対句となっています。

 ↓ ↓ ↓ 

書き下し
 香炉峰下、新たに山居を卜し、草堂初めて成り、偶東壁に題す
                          白居易
A 日高く睡〈ねむ〉り足りて猶〈な〉ほ起くるに慵〈ものう〉し
B 小閣〈しょうかく〉に衾〈きん〉を重ねて寒さを怕
〈おそ〉れず
C 遺愛寺の鐘は枕を欹〈そばだ〉てて聴き
D 香炉峰〈こうろほう〉の雪は簾〈すだれ〉を撥〈あ〉げて看〈み〉る
E 匡廬〈きょうろ〉は便〈すなは〉ち是〈こ〉れ名を逃るるの地
F 司馬は仍〈な〉ほ老を送る官たり
G 心泰〈やす〉く身寧〈やす〉きは是〈こ〉れ帰する処〈ところ〉
H 故郷何ぞ独り長安に在〈あ〉るのみならんや

 ↓ ↓ ↓

現代語訳
香炉峰のふもと、新しく山の中に住居を構えるのにどこがよいか占い、草庵が完成したので、思いつくままに東の壁に書き記した(歌)
                           白居易
A 日は高くのぼり睡眠は十分とったというのに、それでもなお起きるのがおっくうである
B 小さな家で布団を重ねているので、寒さは心配ない
C 遺愛寺の鐘の音は、枕を高くして(耳をすまして)聴き
D 香炉峰に降る雪は、すだれをはね上げて見るのである
F 廬山(「香炉峰」の別名)は(俗世間の)名利(名誉と利益)から離れるにはふさわしい地であり
F 司馬(という官職)は、やはり老後を送るのにふさわしい官職である
G 心が落ち着き、体も安らかでいられる所こそ、安住の地であろう
H 故郷というものは、どうして長安だけにあろうか、いや長安だけではない

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【動画】冲方丁 歴史小説!
『はなとゆめ』
投稿者の説明⇒〔『天地明察』『光圀伝』の異才が放つ、歴史小説第三弾! 清少納言は28歳にして帝の后・中宮定子に仕えることになる。内裏の雰囲気に馴染めずにいたが、定子に才能を認められていく。やがて藤原道長と定子一族との政争に巻き込まれ......。美しくも心震わす清少納言の生涯!〕


雪のいと降りたるを 問題解答(解説)

問1 解答例…雪景色を眺められるように格子を上げている

(「参る」は、本来は行ク・来の謙譲語だが、「御格子参る」で格子を上げ(下げ)申し上げるの意で使われた。後に筆者が「御格子上げさせ」たと対応。)

問2 白居易 白氏文集 

(平安貴族に人気の詩人であり作品。また、基本の教養でもあった。)

問3 みす

問4 副助詞で添加の用法、現代語の~マデにあたる。

問5 清少納言・随筆・平安時代中期・定子

advanced Q.

1 解答例…清少納言が期待通りに振舞ったことへの、中宮の満足な気持ち。


2 解答例…筆者(清少納言)が中宮定子様にお仕え申し上げるのにうってつけの人のようだというもの。



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