土佐日記
「土佐日記」の冒頭(門出/馬のはなむけ)については、『男もすなる日記といふものを(土佐日記)~ 歴史上もっとも古いかな日記 』で、その文学史的意味をふくめて書いていますので参照してみてください(こちらです)。
55日間の船旅
「土佐日記」が書かれた時代、急峻(きゅうしゅん)な四国山地のため陸路で瀬戸内海側に出るのは困難。船旅をすることになります。でも、当時の船は、脆弱(ぜいじゃく)なつくりで、大波に飲み込まれてしまったり、座礁して大破してしまう危険性にさらされていました。多くの泊り(船着き場)で天候をはかりながらの船旅でした。
さらに、瀬戸内海を根城(ねじろ)にした海賊に襲撃されるおそれもあります。しかも、作者の紀貫之(きのつらゆき)はそんな海賊を取り締まる側の国守(こくしゅ)をつとめていたので、恨みを買っていたとも考えられます。【参考】鎌倉初期の船
そんなわけで、ひとつ判断をまちがえればもろとも命さえ失ってしまうような旅であったわけです。55日間にわたる船旅でした。
女の子のことば(土佐日記)現代語訳/原文はこちらへ。
亡き娘が恋しい !
やっと帰京できるというのに、土佐で亡くした娘のことを思って沈んでいると、同行の人が同情して、こんな歌を書いてくれた。
都へと思ふをものの悲しきは帰らぬ人のあればなりけり
〈都へ(帰る)と思うのに、(うれしいはずが逆に)もの悲しいのは(いっしょに)帰らない人があるからだったなあ〉
また、私はこんな歌も詠んだ。
あるものと忘れつつなほなき人をいづらと問ふぞ悲しかりける
〈(あの子は)生きているものと、(死んだことを)忘れてしまっては、やはりそのまま亡くなった人のことをどこ(にいるの)と尋ねるのはなんと悲しいことだ。〉
ある女の子が、船中から見える島の名が「羽根(はね)」と聞いて、こんな歌を詠んだ。
まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都へもがな
〈本当に(羽根という)名に聞く場所が(鳥の)羽であるならば、(その羽で)飛んでいくかのように(早く)都に帰りたいなぁ。〉
「羽根」という島の名を尋ねた女の子をきっかけに、また亡き娘のことを思い出し、『古今集』の歌に重ねて、こんな歌を詠んだ
世の中に思ひやれども子を恋ふる 思ひにまさる思ひなきかな
〈世の中に思いをはせてみても、子どもを恋い慕う気持ちに勝るような悲しみはないことであるよ。〉
現代は、高速鉄道や飛行機で遠く離れたところへ容易に移動できます。それに比べると、平安時代の旅は、途方もなく時間がかかり、困難があったようです。ただ、より早く、便利になった現代の旅では失われたものもあるのでは…? 自然に対して謙虚であり、また、ゆったりと流れる時間とともに生活していたり、さらに、人々が思いを共有して互いを思いやる、控えめで、暖かで濃密な時間を過ごしていたようにみえます。
かなで日本語が表記できるようになって何十年もたたない時期(1100年ほど前)に、これほど繊細高度で完成された作品が書かれているのに驚かされます。
女の子のことば(土佐日記)現代語訳/原文はこちらへ。
問1 女児 帰らぬ人 なき人 昔の人 子
問2 a= 準備 d= さっきの(例の、以前の、先に述べた でも。) c= とおかあまりひとひ
問3 忘るる
(直前に「か」とあり、その結びは連体形となり、「忘る」はラ行下二、よって、連体形は「忘るる」。)
問4 帰る(3文目にある。)
問5 なんとかしてすみやかに都へ帰りたいなあ
(「いかで」は呼応の副詞、後に願望の表現を伴ってナントカシテの意。「とく」は早ク、スミヤカニの意の副詞。「もがな」は願望の終助詞、~タイモノダの意。「もがな」の直前に「帰り」「着き」などを補う。)
問6 f= ウ g= ア h= エ(現代語訳を参照してください。)
問7 平安時代前期・紀貫之・古今和歌集
advanced Q.
1 解答例…この地で女児がなくなり、悲しくて出発の準備をする人の姿を見ても何も言う気にならなから。
(直前「京にて生まれたりし女子、国にてにはかに失せにしかば、このごろの出で立ちいそぎを見れど」をまとめます。)
2 解答例…十一日の暁は月は西に傾いているので、月の見える方角が西、それと反対側が東だと知ることができた。
2 解答例…十一日の暁は月は西に傾いているので、月の見える方角が西、それと反対側が東だと知ることができた。
(十日過ぎのころの月は、上弦の月より幾分ぷっくりとふくらんで見え、暁(明け方ころ)、西方に見える。よって、そちらが西、その反対側が東の方角とわかる。)
3 解答例…歌の価値は上手下手より、聞く人の心に共鳴するものがよいとする意識。
3 解答例…歌の価値は上手下手より、聞く人の心に共鳴するものがよいとする意識。
(「この歌、よしとにはあらねど、げにと思ひて」とは、「上手に詠めているとは言えない和歌でも、人の心を打つものがある」と考えてもよい。)
4 をさなき童の言なれば (10字)
(亡き娘の母親が、いっそう悲しいと思ったのは、同文にある「この羽根といふ所問ふ童」が、「まだをさなき童の言なれば」〈「まことにて」歌の直前の文にある〉ととらえられる。)
4 をさなき童の言なれば (10字)
(亡き娘の母親が、いっそう悲しいと思ったのは、同文にある「この羽根といふ所問ふ童」が、「まだをさなき童の言なれば」〈「まことにて」歌の直前の文にある〉ととらえられる。)
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