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『源氏物語』とは

 源氏物語は、今から1000年余前(平安時代中期)、藤原道長の娘である中宮彰子(しょうし)に仕える紫式部によって書かれた。先行する伝記物語(「竹取物語」など)・歌物語(「伊勢物語」など)・日記文学(「蜻蛉日記」など)の表現史的蓄積の上に、このような高度な表現を達成することができたといわれる物語文学。
 四代の帝(みかど)の七十四年間にわたって、五百名にものぼる登場人物を見事に描き分けて壮麗な虚構の世界を展開

世界史上女流の文学者は、ギリシャ時代にサッフォーという詩人が知られるが、以降「古代・中世を通してみるべき女流作家は出現せず」、19世紀になって、イギリスでブロンテ姉妹や G.エリオットらの小説家が登場することになる。『ブルタニカ国際大百科事典』で「日本の平安時代に『源氏物語』の紫式部をはじめ,清少納言和泉式部そのほかの偉大な才女が輩出したことは特筆すべき文学現象である。」とされていること、すなわち、古代に女性が文学作品を書きかつその作品を現在でも読むことができるのはわが国だけであることも知っていてよいだろう。


登場人物

光源氏 『源氏物語』の主人公。母親桐壺の更衣は特別な出自(しゅつじ)でなかったことなどから、他の女御(にょうご)・更衣たちから疎(うと)まれ、嫌がらせを受け、光源氏を出産するが、源氏3歳の時なくなってしまう。父帝から深い愛情を受けたが、右大臣などの勢力からの圧迫を逃れるため臣籍降下(しんせきこうか)し「源氏」姓を賜った。


紫の上 光源氏が北山に病気療養に出かけた時、偶然見い出した女の子で、ひそかに思慕していた藤壺によく似ていた。式部卿宮(しきぶきょうのみや)の娘、藤壺の姪 (めい) と分かる。光源氏は後に手元に引き取って理想の女性として育てた。源氏の妻葵上(あおいのうえ)の没後、正妻格としてあつかわれた。 


明石の中宮 源氏が流離の身であった時結ばれた明石の君との間にできた姫君で、後に東宮妃(とうぐうひ)となる。実母明石の上の出自(しゅつじ)を考え、源氏は手元に引き取り、正妻格の紫上に育てられた。子ができなかった紫の上によって、美しく育つ。



『源氏物語絵巻』に描かれた「御法(みのり)」の場面

 『源氏物語』が成立して120年ほど経って、物語を絵画化した絵巻物として制作されたのが『源氏物語絵巻』。54帖の物語からそれぞれ1~3場面を選んで絵画化し,対応する本文の一節を美しい料紙に写して挿入(そうにゅう)したもの。宮中で鑑賞されていたといわれている。「御法(みのり)」は五島美術館に所蔵されている。


   『源氏物語絵巻』~御法(五島美術館)


 ほぼ左半分を占める庭には、露で枝のたわむ萩が大写しに描かれ、大胆な構図が印象的である。

 病み衰えた身を脇息(きょうそく)にもたせかけ光源氏を迎える紫の上、その左下に対座する光源氏、その二人の間の手前にひっそりひかえる明石の中宮が配されている。紫の上源氏もわずかに頭を傾け、袖(そで)をあげて涙をふくしぐさに見える。悲しみをおさえかねているのだろうか。

 庭は、嵐の空模様を思わせ、吹きたわむ秋草が自在な墨線で描かれ、3人の間で交わされる唱和歌(後のa.Q 1を参照)に照応し、その心情を暗示する心象風景となっている。
 その萩の「露」が、「消えゆく露」⇒「消えはて」と連なって、ついに紫の上の死が告げられることになる。


紫の上臨終の前後のようす

 中宮は、宮中に参内なさらないで、今はの際までおそばにおられたことを、この上もなく因縁のあることと感慨深く思う。誰も誰も、生者必滅(しょうじゃひつめつ)、当然の別れで、おなじようなことがいくらでもあるのに、そうとは思われず、またとなく悲しくて、夜明け方の薄明りの中で見る夢のように、(夢か現かと)思いまどわれるほどに惑乱した気持ちであったと語られている。
 「夜明け方の薄明りの中で見る夢のように」は、原文では「明けぐれの夢に」である。「明けぐれ」は「明け暗」、夜明け方のまだ薄暗いころの意。重大なことが起こった夢から覚めたようだが、あたりは判然とせず、あれは夢だったのか、いや、もしや現実の出来事だったのか、そうだったらどうしようというような心持なのだろうか。

 『源氏物語』では、夕顔葵上をはじめ多くの女性の死が描かれている。夕顔は生霊に襲われた直後、葵上源氏の薄情を恨みながらとか、穏やかでない死に方をしている。しかし、紫の上源氏秋好む中宮夕霧に看取られながら穏やかな死を遂げていった紫式部女性の死に方に、並々ならないこだわりを持っていたようだ。女性のあり方は男性次第ということなのか。

 この後、語り手は源氏から興味を亡くしてしまったかのように、源氏は物語から姿を消す。男性あっての女性、またその逆もしかりということなのだろうか?主人公が突然語られなくなる…近代の小説とは発想が異なるようだ。

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紫の上の死 1/3 問題解答例(解説)

問1

 1)もう少し(私の病状を)ご覧になっていてくださいと申し上げもなさらないでいると

(「」は、「今しばしはご覧ぜよ」をさす。もうしばらく参内なさらないでここにおいでください、の意。)

 2)「聞こえ」は「言ふ」の謙譲語で作者が中宮へ、「たまは」は尊敬の補助動詞で作者が紫の上へ敬意を表す。

問2②

(直後の「ば」は前後の文意から確定条件、よって、②は已然形「ね」。ここでは、「~打消し」=~デキナイにも注意。)

  ⑥ざり

(「けり」の接続は連用形。)

問3 せんざい  庭の植え込み植え込みのある庭

問4 臨終 限り = 1.限界 2.機会 3.臨終 4.すべて)

問5 ⑤夢かうつつかの区別がつきがたい夢。

(「明けぐれ」とは、夜明け前のまだ薄暗い時、の意。その時間に見る夢は浅く、夢か現か判然としないことがある。)

問6 「おく」は「置く」と「起く」の両意にかけた掛詞。二句切れ。

問7 二人同時に死にたい。(12字)

問8 平安 紫式部 彰子 藤原道長


a.Q

1  Aは自分のこととして、Bは自分たち二人のこととして、Cはすべての人が逃れられないこととしてとらえている。

(A…荻の葉の露がこぼれ落ちることに、自分(紫の上)の命が消え去ることを掛けた歌。 B…「後れ先だつほど経ずもがな」とは、二人の間に後れ先立つ間を置かずにありたい、の意。 C…秋風にしばしの間もとどまらずこぼれてしまう露のような、この世のはかなさを、誰が草木の葉の上の露についてだけのこととみるでしょうか、つまり、死は誰も逃れられないということ。)

2 紫の上とともに明石の中宮、源氏がいつまでも幸福に生きていたいと願う気持ち。

(「このまま千年も過ごす方法があればいいなあ、の意。「かく」は理想的な美女二人がともにいる現在の状況を指す。「もがな」は願望の終助詞。「わかりやすく説明」する。)


3 ご気分はどうなのでしょうか。

(直後に「あらむ」が省略されている。「思さるる」は「思さ(「思ふ」の尊敬語「思す」の未然形+るる(自発の助動詞「る」の連体形)、「思さる」という時の「」は多くは自発で、そのような思いが自然に起こっておいでになる、という気持ちで使われる。また、「お感じになる、感得なさる」の意になることもある。ここでは、現代語では「ご気分はどうなのでしょうか」という言い方にあたる。)

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