紫の上の死(源氏物語/御法) 3/3 もっと深くへ !

  『源氏物語』とは

 源氏物語は、今から1000年余前(平安時代中期)、藤原道長の娘である中宮彰子(しょうし)に仕える紫式部によって書かれた。先行する伝記物語(「竹取物語」など)・歌物語(「伊勢物語」など)・日記文学(「蜻蛉日記」など)の表現史的蓄積の上に、このような高度な表現を達成することができたといわれる物語文学
 四代の帝(みかど)の七十四年間にわたって、五百名にものぼる登場人物を見事に描き分けて壮麗な虚構の世界を展開

世界史上女流の文学者は、ギリシャ時代にサッフォーという詩人が知られるが、以降「古代・中世を通してみるべき女流作家は出現せず」、19世紀になって、イギリスでブロンテ姉妹や G.エリオットらの小説家が登場することになる。『ブルタニカ国際大百科事典』で「本の平安時代に『源氏物語』の紫式部をはじめ,清少納言,和泉式部そのほかの偉大な才女が輩出したことは特筆すべき文学現象である。」とされていることも知っていてよいだろう。


  登場人物

光源氏 『源氏物語』の主人公。母親は特別な出自でなかったことなどから、他の女御・更衣たちから疎まれ、嫌がらせを受け、光源氏を出産するが、源氏3歳の時亡くなってしまう。父桐壺帝から深い愛情を受けたが、右大臣などの勢力からの圧迫を逃れるため臣籍降下、「源氏」を賜った。


冷泉院の后の宮(秋好中宮)

 源氏の若いころの年上の愛人六条御息所の娘。御息所は病を得て、源氏にその娘の後見を言いおいて亡くなる。後に、源氏は実子となる冷泉帝の女御として入内させた。源氏は好意を抱いていたが、御息所の生前の諫めもあり、未練を持ちつつ後見役に徹した。

大将の君(夕霧)

 源氏と今は亡き葵上との間できたただ一人の子息。誠実でひたむきな人柄。





  秋好中宮からの弔問

 冷泉院の后の宮秋好中宮)と亡き紫の上は、源氏の広大な邸宅で、それぞれ「秋の御方(おんかた)」、「春の御方」としての位置を占め、二人の間で、風雅な春秋の論争も交わされた。ここでの弔問歌は、それをふまえて紫の上を回顧するものとなっている。「枯れ果つる野辺」は、紫の上の死によって女主人を失った六条院のようすを言うだけではなく、中宮源氏の心象風景を言うものであろう。
 源氏はそれを見て、致仕の大臣への返歌と違って、涙がこぼれるのをおさえきれないために、なかなか書き進めることができず、書き終えてもしばらくは放心したようにぼんやりしている。中宮からの弔意を素直に受け取り、自分の気持ちを率直に詠んでいるように感じる。


  紫の上亡き後の源氏

 源氏の姿には、かつての華やかさは感じられない。悲しみに沈む姿には老いの感じさえ漂っている。宿願の出家を思うが、紫の上を失った心弱りから出家したと思われるのを憚って果たせないという。これまでは後に残る紫の上が気にかかるから果たせずに来たが、紫の上亡き今となっては気になるのは世間の噂だけである。それを物語の語り手は「あぢきなかりける」と評する。「あぢきなし」とは、望ましい結果が得られそうになく、情けない、かいがない、つまらないというような意。しかし今度こそは本懐を遂げるに違いないと読者は予想できる。

紫の上の死 3/3  問題解答(解説)

問1 a おぼししかど  b おぼし知らるる (こころづかひ)せられ給ふ  c をかしからむ

問2 

(「枯れ果ててしまった野辺の風情を情けなくつらいと思って、(亡くなった方)は秋の季節を好まなかったのでしょうか」が歌意。紫の上は春を愛し、中宮は秋好む中宮と呼ばれてきたように秋を好んだことに基づいたもの。)

問3 「あき」は「秋」と「飽き」の掛詞となっており、倒置法が使われている。

三句切れともいえる。掛詞は、「遭ふ/逢(あふ)坂」・「憂き/浮き」・「起く/置く」・「離(か)る/枯る」・「眺め/長雨」・「波/無み(無イノデ)」・「春/張る」/「日/火/思」・「待つ/松」・「夜/寄る」などがよくつかわれるので頭に入れておくとよい。)

問4 ④ 勤行する   ⑥ 指図する

問5 源氏が、紫の上に先立たれたことで弱気になって出家したのだと言われるのではないかと世間体を顧慮なさっていることがどうにもできない残念なことだということ。

(前文に、源氏は「今は、蓮の露もことごとに紛るまじく、のちの世をと、ひたみちにおぼし立つことたゆみなし。」とあり、「されど」と逆接の接続詞でうけて、それとはうらはらに「人聞きをはばかり給ふ」のを「あぢきなかりける」としている。「あぢきなし」とは、どうにもならないほど事態がひどいの意。それに対して愛想をつかし、にがにがく思っている気持ち。ここでは、出家を決意しながらも世間体を気にしていることに気づいて、これではいけないという気持ち。)

問6 平安 紫式部 彰子 藤原道長

a.Q

1 源氏や秋好中宮の悲しみの心
(「枯れ果つる野辺」は、秋の物寂しい実景であり、同時にまた、紫の上を失った源氏の胸中と秋好中宮の悲しみの心を象徴する表現。)

2 侍りなむ

(「消息」は手紙・便りの意。「知られぬる」を、「消息」の読み手の源氏に敬意を表すため丁寧語の「侍り」を使い「知られ侍りぬる」としている。また、「なむ」は中古では会話文・手紙文に用いられた。)

3 「空のかなたにいる紫の上」と「宮中にいる秋好中宮」

(「雲居」は、「大空・雲・宮中・遠く離れた場所」の意。「大空」を取ると「空のかなたにいる紫の上」の意となり、「宮中」をとると「宮中にいる秋好中宮」の意となり、宮中からすっかりこの秋をあきはてている私のことも考えてください、ということになる。「枯れ果つる」の返歌としては、後者とするのが自然。)
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