宮に初めて参りたるころ(枕草子 百八十四段)2/3もっと深くへ !

  「枕草子」とは

 現在、私たちが小説や評論とよんでいるものが、昔から存在していたわけではない事情は、『かぐや姫のおいたち(竹取物語) もっと深くへ! 』で少し詳しく書きました。


 平安時代の初期(1200年ほど前)に、漢字を元にしてひらがな・カタカナが発明され、そうして初めて、私たちが日常使っている言葉で、心情や情景の文章表現ができるようになっていった(★)のです。このようにして、かな文字で書かれる物語という新しい文学に発展していきました。文学史的には、こうして、架空の人物や事件を題材にした〈作り物語〉(「竹取物語」など)と、当時の貴族社会で語られていた歌の詠まれた背景についての話を文字化した〈歌物語〉(伊勢物語)の二つが成立したとされています

  (★)万葉仮名など、漢字で日本語音を表していたことはあります。

 さらに、見聞きしたことや、自然・人事についての感想・考え・評価などを自在に記す随筆として、千余年ほど前清少納言によって『枕草子』が書かれた。中宮定子に仕えた宮中生活の体験や、感性光る「ものづくし」を自在に著わしたをか」の文学と言われています。『枕草子』も、日本人独自の感受性、ものの見方、思考の組み立て方の原型の一つとなっているといえます。


三種の章段
 内容から三種の章段で分類されています。

類集(るいしゅう)的章段…「山は」「市は」や「すさまじきもの」「にくきもの」などの形で始まるもの。ものづくし

日記的(回想的・実録的)章段…特定の場所・時に清少納言が見聞きしたことなどを記録したもの。

随想的章段…自然や人事についての感想を書いたもの。



 「宮に初めて参りたるころ」は、日記的(回想的・実録的)章段 になります。

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『枕草子』第284段
~香炉峰の雪

大納言尹周(これちか)の参上

 中宮様にお仕えするようになった頃のこと、中宮(定子)様の元へ大納言尹周(これちか)様が参上なさった。機知に富んだ会話を交わされるお二人の姿は、物語の中の一場面かと思われるほどであった。中宮様の美しい姿は、絵の中のありさまかと感じられ、大納言様と冗談などをおっしゃる女房達のようすは、目もまぶしいほどであった。

風雅な会話

 中宮はこんな雪の中を見舞いにやってきた伊周へ、「『道もなし』と思ひつるに」と拾遺集の一節を引いてあいさつと感謝の言葉を述べる。すると、伊周は「『あはれと』もやご覧ずるとて(感心な奴だとお思いになるかと思いまして…)。」と応える。〔拾遺集歌…山里は行き降り積もりて道もなしけふこむひとをあはれとはみむ→問6の解説を参照してください。〕

 ものの折にかなった機才、洗練された応対は、貴族社会にあってなによりも尊ばれていました。


ただもう恥ずかしがる清少納言

 なんと、大納言様が私のそばに近寄り、さらに、座り込んでお話しかけになるのだ。私は恥ずかしくて恥ずかしくて、何もお答えできない。


 貴公子の前にいること自体がもう恥ずかしくてたまらない恥ずかしいという気持ちは、相手が立派であるとか、美しいということから生じる。まして、相手が異性だったらなおさらである。当時、女性は異性の前に直接顔を出さないのが常識(現在でも厳しいイスラム世界では珍しくない)だった。避けられない時は、几帳の陰に入ったり扇で顔を覆った。


 恥ずかしいという言葉は、本来は、対象となる人が身分が高かったり、立派すぎて身を隠してしまいたいような心持を表わしたという。身分とか性差とか人格の優劣とか美醜の差異を認めないことを正義とする現代の私たちには、そのニュアンスは実感できないのではないか。また、女性が姿を異性にむやみにさらさないというのも、現代とは異なる。ちなみに、(膝より上部の脚部が見える)ミニスカートを身に着けるようになって数十年しか経っていない(こちらを)のです。


『枕草子』の意義

 漢文ではなく和文で書かれているからこそ、私たちは千年前の中宮を中心とした生活のありようをリアルに知ることができるとも言えるでしょう。また、このような千年も前、女流が残した古典を持つのは世界史上日本だけということも知っていていいと思います。

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宮に初めて参りたるころ 2/3 問題 解答(解説)

問1 ざる(打消しの助動詞「ず」の連体形。)

問2 a のうし (または「なおし」。)、c おおんぞ e みぐし

問3b (中宮と大納言との会話。「のたまふ」は作者が大納言に敬意を表す尊敬語。)

  g  (「聞こゆる」は、作者が大納言に敬意を表す謙譲語。大納言に抗弁したり反論申し上げているのは女房。)

  l (どんな場面かをとらえる。行幸の供をしていた大納言が、それを見物していた筆者の方にちょっと目をやる、「給へ」は作者が大納言に敬意を表す尊敬語。)
  
  m  (lの大納言の行為に対して、扇で顔を隠していた作者。 )


問4d 着る (「おめしになる」も可。) h 食べる (「召し上がる」も可。)

問5f  (「せ給ふ」=最高敬語ととらえる。)

  i  (差し上げるの意の謙譲語「参らす」ととらえる。)

  j  (「に…(係助詞)…ある/あれ」の「」は断定の助動詞「なり」の連用形ととらえられる。)

  k  (jと同じ、ただし、結びの省略。「あらむ」などが省略されているととらえる。)


問6①    ② 
(「山里は…」の歌は、私の住む山里は雪が降り積もって道も見えない、そんな今日の日、雪を冒して訪ねてくる人を、ほんとうに感心な人だと思いましょう、という意味。雪見舞いにやって来た大納言への中宮のお礼のことばと、それへの大納言の返事がこの「拾遺集」の歌を媒介してやりとりされいる。1000年以上も前の実話。高度で洗練された会話に驚きます。)


問7(1) 程度の軽いことを示して、程度の重いことを類推させる副助詞。ここでは、程度の重いことも示されている。『大納言を「よそに見やり奉」る』が程度の軽いことになり、後文の『大納言に「さし向かひ聞こえたる」』が程度の重いことになる。

  (2)よそながらお姿を拝見していてさえ恥ずかしかったのに、何とも驚きあきれたことに、(直接)お向かい申し上げている気持ちは、現実のこととも思われない。


問8 清少納言・随筆・平安時代中期・定子
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