業平と高子(伊勢物語 月やあらぬ)~后候補の姫君とのはげしい恋の顛末

 業平と高子 

 (伊勢物語/月やあらぬ) 

 ~后候補の姫君とのはげしい 

 恋の顛末(てんまつ) 


超訳マンガ百人一首物語
第十七首(在原業平朝臣) 

  月やあらぬ(「伊勢物語」第四段)を現代語で


 昔、東の五条に皇太后(先帝の皇后)様がいらっしゃった、そのお屋敷の西の離れに住んでいる女がいた。

 その女をはじめから打ち込んでいたというわけではないが、いつのまにか深い愛情を寄せることになった男が、しばしば訪問していたのだが、一月の十日頃に、女はどこかに姿を隠してしまった。

 その後、女の居場所は聞いて分かっていたものの、普通の人が行き来することができるような場所ではなかったので、いっそう辛い気持ちでいたのであった。

 その翌年の一月に、梅の花盛りに、去年のことを恋しく思って、男はあの西の離れに行って、立って見たり、座ってみたりして、あちこちを見回してみたが、去年と同じところがあるはずもない。

 男は涙をこぼして、がらんとした、むき出しの板敷きに月が西の空へ傾くまで身を横たえたままでいて、去年のことへ思いを馳せて詠んだ。

 月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

と詠んで、夜がほのかに明ける頃、涙にむせびながら帰って行ったのであった。

あの月は去年の月と異なるものだろうか、いや、月ばかりではなく、この春そのものが、昔の春とは別のものであるのか。去年と同じ月、同じ春でありながら、あの人と共にいたながめとはまるで違って見える。私だけが取り残されて…。


月やあらぬ(「伊勢物語」第四段)原文/現代語訳はこちら

   業平と高子

 在原業平(ありわらのなりひら)は、平城天皇の孫という高貴な血筋でしたが、権力の主流から外れ、父阿保の時臣籍降下して在原朝臣を名のるようになりました。平安時代のヒーローの条件、容貌美しく、色好みで、歌の才能に恵まれた人物として伝わっています。
 高子(たかいこ/こうし)は、父は藤原長良(こちらを)、清和天皇即位に伴う大嘗祭こちらを)で,天皇との結婚を前提とした五節(ごせち、こちらを)舞姫となります。当時父はすでに亡く,叔父と兄基経が後ろ盾となっていました。

 ここでは、業平高子(たかいこ/こうし)への懸想譚(けそうたん)「月やあらぬ」をとりあげます。
 恋愛や結婚、現在の価値観を絶対視しないで、今から1100年前の古代の人々にできる限り近づいて、物語を追体験してみましょう。結婚のあり方も慣習も交通や通信の便も、現代とは全くと言っていいほど異なる時代です。

  変化したものしないもの

 女は、「ひんがしの五条」の「おほきさいの宮」の屋敷の西の対の屋(たいのや・こちらを)に住む人、すなわち、藤原高子(たかいこ、こうし)であり、清和天皇の女御となる二条后(にじょうのきさい)とわかるように書かれています。

 高子が入内する以前に業平と恋愛関係にあったと思われていたようです。高子が姿を消したのは、后がね(后候補)の高子を業平から引き離すとも、入内(じゅだい)したためとも解釈できます。悲劇の結末となったのです。


  修辞・解釈について

 ①〈月や(昔の月)あらぬ〉と〈春や昔のはるならぬ〉が対句ととらえられます。


 ②「(係助)」は、疑問とも反語とも解釈できます。

 」が疑問⇒ 変わらないもの=自分 

         変わったもの=月・春・女 

 ⇒今、目にしている月が、いや、それだけではなく、この春そのものが去年とはまったく別のものに見え、あの人を失った「我が身」だけが元のまま取り残されたようにと感じられている。⇒上の現代語紹介でとった立場。

   

 」が反語⇒ 変わらないもの=月・春・自分 

         変わったもの=女 

 ⇏この春もこの月も、そしてあのひとを想うこの私も去年とまったく同じなのに、あのひとは姿を消してしまいもう逢うことはできなくなってしまった。


 「疑問なのか、反語なのか?」、問題になってきました。上の二つを参考に考えてみてください。

月やあらぬ(「伊勢物語」第四段)原文/現代語訳はこちら

 「伊勢物語」への道

 現在、私たちが小説や評論とよんでいるものが、昔から存在していたわけではない事情は、『かぐや姫のおいたち(竹取物語)~わが国で最も古い物語の誕生』で少し詳しく書きました(こちらを)。


 平安時代の初期(1200年ほど前)に、漢字を元にしてひらがな・カタカナが発明され、そうして初めて、私たちが日常使っている言葉で、心情や情景の文字表現ができるようになっていったのです(万葉仮名時代を除きます)。このようにして、かな文字で書かれる物語という新しい文学に発展していきました。

 文学史的には、こうして、架空の人物や事件を題材にした作り物語(「竹取物語」など)と、歌の詠まれた背景についての話を文字化した歌物語伊勢物語)の二つが成立したとされています。


  「伊勢物語」の主人公は業平

 「伊勢物語」は現在残っている最古の歌物語です。初期の日本語散文らしさを感じさせる、飾り気がなく初々しく抒情的な文章で書かれています。

 初め在原業平の家集を母体として原型ができ、その後増補を重ねて、今日の形になったようです。

 在原業平になぞえられる主人公「昔男(むかしおとこ)」の生涯が、一代記風にまとめられています。高貴な出自で、容貌美しく、色好みの評判高く、歌の才能に恵まれた人物の元服から死までのエピソード集です。ただし、業平とは考えられない男性が主人公の段もあります。




月やあらぬ(「伊勢物語」第四段)原文/現代語訳はこちら



伊勢物語』の他の記事です 

筒井筒(伊勢物語)~👦幼馴染👧との結婚のゆくえ」はこちらから

梓弓(伊勢物語)~すれ違いによる悲しい結末」はこちらから

業平と高子(伊勢物語)~后候補の姫君とのはげしい恋の顛末 /芥川」はこちらから

業平と高子(伊勢物語)~后候補の姫君とのはげしい恋の顛末 /通ひ路の関守」はこちらから


💚💚💚こちらも、おすすめデス💖💖💖

小式部内侍「大江山いくのの道の」~才媛の娘は才媛?(古今著聞集)こちら

帰京(土佐日記)~無責任な隣人😖 & 亡き娘😭 はこちら

雪のいと降りたるを(枕草子)~「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ。」こちら

梓弓(伊勢物語)~すれ違いによる悲しい結末こちら

光源氏の誕生(源氏物語)~四代の帝、七十四年間、登場人物五百人の物語のはじまりこちら

袴垂、保昌に会ふこと(宇治拾遺物語)~鎌倉時代、新しいヒーロー像の登場こちら

富嶽百景(太宰治)2/2 ~富士には、月見草がよく似合うこちら

こころ(夏目漱石) 2/2 ~不可解で厄介で難儀なもの こちら

舞姫(森鷗外)~救いの手を差しのべてくれた相澤謙吉は良友か?こちら

赤い繭(安部公房)もっと深くへ ! こちら

檸檬(梶井基次郎)~みすぼらしくて美しいものを ! こちら

こころ(夏目漱石)1/2~他人が持っているものをほしくなる?こちら

山月記(中島敦)~虎になってしまった男こちら

鞄(かばん)(安部公房)~自由でなければならない😕、という不自由?こちら

エッセーお豆の煮方~食べ物はオナカを満たすだけではないこちら

レビュー花は盛りに(徒然草)~新しい美意識、わび・さびへこちら

エッセー「になります」~ちかごろ気になる言い方こちら

レビュー👩平安女流👩~世界史上特筆される存在 ! こちら

レビュー木曾の最期(平家物語)~日本人がそうふるまうのは なぜ ? こちら

レビュー「楊貴妃=長恨歌(白氏文集)」~中華と日本、美女の描き方こちら

パフォーマンス「東京人形夜~Life is beautiful」を観たこちら

映画「HOKUSAI」~浮世絵師葛飾北斎の鮮烈な生きざま、田中 泯の存在感、目が離せないこちら

パフォーマンス「すこやかクラブ~パラダイスの朝に」こちら

映画「日日是好日」~樹木希林、最後の出演作、世の中にはすぐわかるものと、わからないものがあるこちら

映画[工作~黒い金星/ブラック・ヴィーナスと呼ばれた男]~はじめての韓国映画、クオリティーが高い ! はこちらから

ドラマ「ごちそうさん ! 」~食べ物についてこちら

臥薪嘗胆~すさまじい怨恨の連鎖(十八史略)こちら

荊軻~始皇帝暗殺(史記)こちら

韓信~国史無双、劉邦の覇権を決定づけた戦略家 (史記)こちら

鴻門の会~九死に一生を得る(史記)こちら

項王の最期~天の我を亡ぼすにして(史記)こちら



コメント