花のゆかり(「源氏物語」夕顔の巻①)~好奇と悲劇の顛末(てんまつ)へ


源氏物語』については、「光源氏の誕生(源氏物語①)~四代の帝、七十四年間、登場人物五百人の物語のはじまり」をご覧ください。こちらです。


 『源氏物語』は、桐壺(きりつぼ)の巻で始まり、帚木(ははきぎ)の巻、空蝉(うつせみ)の巻、夕顔(ゆうがお)の巻と続いていきます。帚木(ははきぎ)の巻には「雨夜(あまよ)の品定(しなさだ)」と呼ばれる有名な場面があり、そこでは五月雨(さみだれ)の一夜、光源氏頭中将 (とうのちゅうじょう) たちが女性の品評をします。そこで頭中将 の論じた中の品(なかのしな)の女に暗示を受けた源氏が、初めは好奇心から、のちには心からの愛情を傾けて夕顔にひかれていきます。そしてついには源氏の愛人六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊(いきりょう)に夕顔が取り殺されるという悲劇的、かつ、怪奇的で幻想的な物語となっていきます。


 源氏は17歳、正妻の葵上(あおいのうえ)は21歳。
 後に明らかにされますが、そのころ源氏は六条に住まっていた亡き東宮(とうぐう)の御息所(みやすどころ。「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)」と呼ばれる女君)のもとに通っていました。『源氏物語』が書かれた一条天皇のころの京都は東の京の四条以北にのみ人家が密集しそれ以外は荒れていたといいますので、五条・六条はいわば京都周辺部と考えられます。
 六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)のもとへ忍んでいく途中、病に伏している乳母(めのと)を見舞います。門の開くのを待っている間、源氏はふと、ごたごたした周囲に似つかわしくない、隣家の、新しい檜垣(ひがき)、白い簾(すだれ)、そして「をかしき顔つきの透き影」にひかれます。よく見ると奥は一目で見通せる手狭な住まいであるが、前に頭中将(とうのちゅうじょう)の話を聞いて庶民の生活に興味を覚え始めていたのでした 。

 花のゆかり 1/2(夕顔の巻) 

花のゆかり 1/2  原文と現代語訳こちら

【あらすじ 源氏は六条への道すがら五条に住む乳母(めのと)の病気を見舞ったのですが、その時、隣家(りんか)のすだれなどのすがすがしさと女たちがいるのに目をとめたのでした。


月岡芳年 画

【與謝野晶子訳】(青空文庫より)

 源氏が六条に恋人を持っていたころ、御所からそこへ通う途中で、だいぶ重い病気をし尼になった大弐だいに乳母めのとたずねようとして、五条辺のその家へ来た。乗ったままで車を入れる大門がしめてあったので、従者に呼び出させた乳母の息子むすこ惟光これみつの来るまで、源氏はりっぱでないその辺の町を車からながめていた。惟光の家の隣に、新しい檜垣ひがきを外囲いにして、建物の前のほうは上げ格子こうしを四、五間ずっと上げ渡した高窓式になっていて、新しく白いすだれを掛け、そこからは若いきれいな感じのする額を並べて、何人かの女が外をのぞいている家があった。高い窓に顔が当たっているその人たちは非常に背の高いもののように思われてならない。どんな身分の者の集まっている所だろう。風変わりな家だと源氏には思われた。今日は車も簡素なのにして目だたせない用意がしてあって、前駆の者にも人払いの声を立てさせなかったから、源氏は自分のだれであるかに町の人も気はつくまいという気楽な心持ちで、その家を少し深くのぞこうとした。門の戸も蔀風しとみふうになっていて上げられてある下から家の全部が見えるほどの簡単なものである。哀れに思ったが、ただ仮の世の相であるから宮も藁屋わらやも同じことという歌が思われて、われわれの住居すまいだって一所いっしょだとも思えた。

花のゆかり 1/2  原文と現代語訳こちら


 花のゆかり 2/2(夕顔の巻) 



 花のゆかり 2/2  原文と現代語訳はこちら

あらすじ 源氏がその切懸(きりがけ。板を横に張った塀)に咲く夕顔を折らせようとすると、その家から童女が出てきて、これに花をのせてさしあげたらと言って扇をさしだしました。


【與謝野晶子訳】(青空文庫より)

 端隠しのような物に青々とした蔓草つるくさが勢いよくかかっていて、それの白い花だけがその辺で見る何よりもうれしそうな顔で笑っていた。そこに白く咲いているのは何の花かという歌を口ずさんでいると、中将の源氏につけられた近衛このえ随身ずいしんが車の前にひざをかがめて言った。
「あの白い花を夕顔と申します。人間のような名でございまして、こうした卑しい家の垣根かきねに咲くものでございます」
 その言葉どおりで、貧しげな小家がちのこの通りのあちら、こちら、あるものは倒れそうになった家の軒などにもこの花が咲いていた。
「気の毒な運命の花だね。一枝折ってこい」
 と源氏が言うと、蔀風しとみふうの門のある中へはいって随身は花を折った。ちょっとしゃれた作りになっている横戸の口に、黄色の生絹すずしはかまを長めにはいた愛らしい童女が出て来て随身を招いて、白い扇を色のつくほど薫物たきものくゆらしたのを渡した。
「これへ載せておあげなさいまし。手でげては不恰好ぶかっこうな花ですもの」
 随身は、夕顔の花をちょうどこの時門をあけさせて出て来た惟光の手から源氏へ渡してもらった。
かぎの置き所がわかりませんでして、たいへん失礼をいたしました。よいも悪いも見分けられない人の住む界わいではございましても、見苦しい通りにお待たせいたしまして」
 と惟光は恐縮していた。車を引き入れさせて源氏の乳母めのとの家へりた。

花のゆかり 2/2  原文と現代語訳はこちら



 五条にある家 

 身分の低い者の家に用いるとはいえ、乳母(めのと)の住む隣家(りんか)は檜垣(ひがき)もすだれも新しくして、むさくるしげなこのあたりに似つかわしくなく、ふと源氏の目にとまりました。のみならず「美しい顔つきの女の簾(すだれ)を通して見える姿」も見え、「動き回っているらしい下半身」まで想像するというように、源氏は、「どのような者が集まっているのであろうか」と物珍しく感じ、その家に住む人へと関心を移し、好奇心がわいてきます。

 さらに源氏は、端(は)隠しのようなものにはいまわっている夕顔の花にことよせて、「遠方人(おちかたびと)にもの申す。」とひとりごとを言ったり、「一房折って持ってまいれ」と命じたりして、しきりに家中(かちゅう)の人とつながりを持とうとしているようです。
 それにこたえるかのように、童を通じて得た「白い扇で、たいそうよく香りをたきしめたの」は、いかにもいわくありげで、その持ち主への興味と関心は、いよいよかきたたれることになります。


扇の主(「源氏物語」夕顔の巻②)はこちら
八月十五夜(「源氏物語」夕顔の巻③)はこちら



【動画】Genji Monogatari 1

源氏物語「花のゆかり」1/2 解答(解説) 

問1aうち めのと さ はじとみ さき

  c病気になる みすぼらしい

問2 待た(タ四段動詞「待つ」未然形  せ(使役の助動詞「す」の未然形)  たまひ(ハ行補助動詞「たまふ」連用形 尊敬)  ける(過去の助動詞「けり」の連体形)

問3 ②踏み台にでも乗っていたのだろうから(または、「下半身は檜垣のため、どういう床に立っているのか見えないので」でも。)

   ③お車は質素にし、前払いもさせていないから。

問4 引き歌  この仮の憂き世では、どこなりと行き着いた所が自らの住まいなのだということ

問5 平安 紫式部 彰子 藤原道長



源氏物語「花のゆかり」2/2 解答(解説)

問1 aみずいじん すずしc ひとえばかま

問2 d香をたきしめる f ごたごたしている むさくるしい おわび 謝罪

問3 参らせよ(「参らす」サ行下二の動詞、差し上げるの意の謙譲語、文意からその命令形。)

問4①美しく咲いている笑みの眉ひらけたる(にっこり笑っているが原義、美しく咲いているの擬人法的表現。)

  ⑥君がどなたでいらっしゃるか見分けのつき申す人(ものの区別を見分け申す人が原義。)

問5②はひまつわれたるを ③軒の

問6(1)残念な花の運命だなあ

  (2)花の名も人間らしくかつ美しい花なのに、賤しい家の垣根に咲いているので(「花の名は人めきて、かうあやしき垣根になん咲きはべりける」とあった。)

問7 こんな場末の、ものはかなき住まいではあるが、やはり

(「さすがに」はそうはいうもののやはりの意。賤しい者たちの住まいではあるが、源氏の目をひいただけのことはあって、ということ。)

問8 平安 紫式部 彰子 藤原道長



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