八月十五夜(「源氏物語」夕顔の巻③)~好奇と悲劇の顛末(てんまつ)へ もっと深くへ !

 八月十五夜 

「源氏物語」夕顔の巻③ 

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源氏物語』については、「光源氏の誕生(源氏物語①)~四代の帝、七十四年間、登場人物五百人の物語のはじまり」をご覧ください。こちらです。


 『源氏物語』は、桐壺(きりつぼ)の巻で始まり、帚木(ははきぎ)の巻、夕顔(ゆうがお)の巻と続いていきます。帚木(ははきぎ)の巻には「雨夜(あまよ)の品定(しなさだ)」と呼ばれる有名な場面があり、そこでは五月雨(さみだれ)の一夜、光源氏頭中将 (とうのちゅうじょう) たちが女性の品評をします。そこで頭中将 の論じた中の品(なかのしな)の女に暗示を受けた源氏が、初めは好奇心から、のちには心からの愛情を傾けて夕顔にひかれていきます。そしてついには源氏の愛人六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊(いきりょう)に夕顔が取り殺されるという悲劇的、かつ、怪奇的で幻想的な物語となっていきます。


 源氏は17歳、正妻の葵上(あおいのうえ)は21歳。
 後に明らかにされますが、そのころ源氏は六条に住まっていた亡き東宮(とうぐう)の御息所(みやすどころ。「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)」と呼ばれる女君)のもとに通っていました。『源氏物語』が書かれた一条天皇のころの京都は東の京の四条以北にのみ人家が密集しそれ以外は荒れていたといいますので、五条・六条はいわば京都周辺部と考えられます。
 六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)のもとへ忍んでいく途中、病に伏している乳母(めのと)を見舞います。その際、たまたま乳母の家の隣家に住む女性を知り興味を持ちます。
 やがて惟光の手引きで源氏は女のもとに通うようになりました、女は素性(すじょう)を明かさないので、源氏も身分を隠したままでした。この女を夕顔と呼びならわしています。


八月十五夜(夕顔の巻)

【あらすじ】 八月十五夜(はづきじゅうごや)の月影に照らし出された夕顔の住まいも源氏には珍しいのですが、隣近所のそうぞうしさが耳元に近く感じられて閉口します。折から砧(きぬた)打つ音・雁(かり)の鳴き音・虫の鳴く音などが遠く近く聞こえてきて、秋のあわれを集めた感がします。源氏は女をいとおしく思い、気の楽な場所に連れ出そうと考えて、車の用意をさせます。 


【與謝野晶子訳】(青空文庫より)

 八月の十五夜であった。明るい月光が板屋根の隙間すきまだらけの家の中へさし込んで、狭い家の中の物が源氏の目に珍しく見えた。もう夜明けに近い時刻なのであろう。近所の家々で貧しい男たちが目をさまして高声で話すのが聞こえた。

「ああ寒い。今年ことしこそもう商売のうまくいく自信が持てなくなった。地方廻りもできそうでないんだから心細いものだ。北隣さん、まあお聞きなさい」
 などと言っているのである。哀れなその日その日の仕事のために起き出して、そろそろ労働を始める音なども近い所でするのを女は恥ずかしがっていた。気どった女であれば死ぬほどきまりの悪さを感じる場所に違いない。でも夕顔はおおようにしていた。人の恨めしさも、自分の悲しさも、体面の保たれぬきまり悪さも、できるだけ思ったとは見せまいとするふうで、自分自身は貴族の子らしく、娘らしくて、ひどい近所の会話の内容もわからぬようであるのが、恥じ入られたりするよりも感じがよかった。ごほごほと雷以上のこわい音をさせる唐臼からうすなども、すぐ寝床のそばで鳴るように聞こえた。源氏もやかましいとこれは思った。けれどもこの貴公子も何から起こる音とは知らないのである。大きなたまらぬ音響のする何かだと思っていた。そのほかにもまだ多くの騒がしい雑音が聞こえた。白い麻布を打つきぬたのかすかな音もあちこちにした。空を行くかりの声もした。秋の悲哀がしみじみと感じられる。庭に近い室であったから、横の引き戸を開けて二人で外をながめるのであった。小さい庭にしゃれた姿の竹が立っていて、草の上の露はこんなところのも二条の院の前栽せんざいのに変わらずきらきらと光っている。虫もたくさん鳴いていた。壁の中で鳴くといわれて人間の居場所に最も近く鳴くものになっている蟋蟀こおろぎでさえも源氏は遠くの声だけしか聞いていなかったが、ここではどの虫も耳のそばへとまって鳴くような風変わりな情趣だと源氏が思うのも、夕顔を深く愛する心が何事も悪くは思わせないのであろう。白いあわせに柔らかい淡紫うすむらさきを重ねたはなやかな姿ではない、ほっそりとした人で、どこかきわだって非常によいというところはないが繊細な感じのする美人で、ものを言う様子に弱々しい可憐かれんさが十分にあった。才気らしいものを少しこの人に添えたらと源氏は批評的に見ながらも、もっと深くこの人を知りたい気がして、
「さあ出かけましょう。この近くのある家へ行って、気楽に明日あすまで話しましょう。こんなふうでいつも暗い間に別れていかなければならないのは苦しいから」
 と言うと、
「どうしてそんなに急なことをお言い出しになりますの」
 おおように夕顔は言っていた。変わらぬ恋を死後の世界にまで続けようと源氏の誓うのを見ると何の疑念もはさまずに信じてよろこぶ様子などのうぶさは、一度結婚した経験のある女とは思えないほど可憐であった。源氏はもうだれの思わくもはばかる気がなくなって、右近うこんに随身を呼ばせて、車を庭へ入れることを命じた。夕顔の女房たちも、この通う男が女主人を深く愛していることを知っていたから、だれともわからずにいながら相当に信頼していた。

八月十五夜(「源氏物語」夕顔の巻) 原文/現代語訳はこちら

重要文化財 《盛安本 源氏物語絵巻》「末摘花 上巻」1650年代 石山寺蔵


 夕顔の住まい 
 すき間だらけの板屋根(=板葺きの屋根)、隣近所から聞こえてくる人の声、唐臼(からうす 米や麦、豆など穀物の脱穀する道具)の音、まぢかに聞こえるコオロギの鳴き声などなど、大邸宅に住む源氏にとって見慣れない、いかにも場末(ばすえ 街から外れている所)の庶民的な雰囲気が珍しくもあり、興趣深く思う。

 夕顔、女性のタイプ 

① のんびりして、あまり深くものを思い詰めず、上品であどけない
② 取り立てて言うほどの美点もないし、もっと気どりも欲しいと思うが、身体つきはきしゃでなよなよとして、いじらしいまでにかわいい感じがする。
③ 源氏の言葉を素直に信じて打ち解けてくるところなど、男慣れした女とも思えず、かわいらしい

 万事控えめでおっとりとした性格、なよやかで物静かな物腰、男を信じて素直につき従っていく態度などに源氏はかわいらしさを見出しているように書かれています。
 これは源氏の目に映った姿であり評価であるといえます。女のとまどいや不安は隠されてしまっていて、男の能動的で一方的な態度は、受動的であるしかない女の立場をおうおうにして理解しないばかりか無視さえすることがある、というような作者の思いが言外にほのめかされているようにも感じられます。


花のゆかり(「源氏物語」夕顔の巻①)はこちら
扇の主(「源氏物語」夕顔の巻②)はこちら


【動画】Genji Monogatari 1
Animated Film from 1987.


源氏物語「八月十五夜」(夕顔)問題へ

源氏物語「八月十五夜」解答(解説)

問1 a夜明け前(未明)  b卑しい(身分の低い)  d優雅にふるまう(風流ぶる)  e気取る  f欠点  g奇妙だ cしず

問2 ①は「心細けれ」が結び、係り結びとなっている。②の結びは「聞き(四段活用・動詞・連用形)」、「たまふ(四段活用・補助動詞・終)」、「や(係助 疑問)」で、係り結びが流れている。

問3 哀愁の念をこらえにくく思う気持ち。

問4 せんざい 庭の植え込み

問1 痛々しい(いじらしい) bこの世  c男女の仲  d不安に思う<br>

問2 見ゆ

問3 ②きゃしゃな感じがして  ③気取ったところ

問4 うちとけないままで会っていること

問5 ⑤は頼みに思わせるの意で、下二段活用の動詞「頼む」の連用形。⑥は頼みに思う(期待する、任せる)の意で、四段活用の複合動詞「頼みかく」の連用形「頼みかけ」の語幹の一部。

問6(1)このある人

  (2)夕顔のかわいらしい容貌とおっとりした気立てに心をひかれた源氏は、もっとうちとけた気持ちで、二人だけの静かな一夜を過ごしたいと思い、外出の用意をする。

問7 平安 紫式部 彰子 藤原道長


        源氏物語「八月十五夜」(夕顔)問題へ


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