忘れ貝/亡児(土佐日記)もっと、深くへ ! 



古典 多読 聴くだけ古文
土佐日記 忘れ貝
Japanese classical literature
(※本文⇒要約⇒重要語解説⇒文法解説)


『土佐日記』とは

 「土佐日記」について、ウィキペデアに次のように説明されています。

 日本文学史上、おそらく初めての日記文学である。紀行文に近い要素をもっており、その後の仮名による表現、特に女流文学の発達に大きな影響を与えている。『蜻蛉日記』、『和泉式部日記』、『紫式部日記』、『更級日記』などの作品にも影響を及ぼした可能性は高い。

 延長8年(930年)から承平4年(934年)にかけての時期、貫之は土佐国国司として赴任していた。その任期を終えて土佐から京へ帰る貫之ら一行の55日間の旅路とおぼしき話を、書き手を女性に仮託し、ほとんどを仮名で日記風に綴った作品である。57首の和歌を含む内容は様々だが、中心となるのは土佐国で亡くなった愛娘を思う心情、そして行程の遅れによる帰京をはやる思いである。諧謔表現(ジョーク、駄洒落などといったユーモア)を多く用いていることも特筆される。


 「土佐日記」の冒頭(門出/馬のはなむけ)については、『門出(土佐日記) もっと深くへ ! 』で、その文学史的意味をふくめて書いていますので参照してみてください。


 土佐(高知)から京都、現在では車で数時間。楽しく快適にドライブできます。しかし、1100年ほど前の旅は、現在とは異質なものでした。


 「土佐日記」が書かれた時代、急峻な四国山地のため陸路で瀬戸内海側に出るのは不可。船旅をすることになります。でも、当時の船は、脆弱なつくり、大波に飲み込まれてしまったり、座礁して大破してしまう危険性にさらされていました。多くの泊りで天候をはかりながらの船旅でした。
 さらに、瀬戸内海を根城にした海賊に襲撃されるおそれもあります。しかも、貫之はそんな海賊を取り締まる側の国守をつとめていたので、恨みを買っていたとも考えられます。


 そんなわけで、ひとつ判断をまちがえればもろとも命さえ失ってしまうような旅であったわけです。55日間にわたる船旅だったとみられます。

忘れ貝 

 国府を出港して40日以上が経った。船頭は、「今日は空模様が悪い。」というので出航しなかったが、一日中風も波も穏(おだ)やか。たわけた船頭だ。
浜辺には色とりどりの貝があり、見ていると土佐でなくした娘のことを思わずにはいられない。船中の人が詠みましたのは、

 よする浪うちも寄せなむわが戀ふる人わすれ貝おりてひろはむ 
(寄せる波よ、もっと打ち寄せてほしい。恋しくてならない亡き娘のことを忘れられる、寄せる波にはこばれる忘れ貝を、浜辺に下りて拾おう。)


 その歌を聞いた人が詠んだ。

 わすれ貝ひろひしもせじ白玉を戀ふるをだにもかたみと思はむ 
(いまさらに、私はわすれ貝を拾うまい。せめてあの白玉のような亡き娘を、このように恋しく思い続けることだけでも、あの子の形見と思いましょう。)


 娘のためには、親というものは(亡き娘のことを忘れたいだとか、いつまでも忘れたくないとか)理屈が通らないことを考えるのか。白玉というほど美しくはなかったのでは、と人は言うだろうか。けれど、死んだ子は顔立ちがよかったという言い方もありますよね。

 亡き子を思う親の哀切さ、1100年後の現代の私たちにもしみわたってきます。




 いぜん同じ場所で日を過ごすのを嘆いて、ある女が詠みました歌は、

 手をひでゝ寒さも知らぬ泉にぞ汲むとはなしに日ごろ經にける
 (手を浸しても寒さも感じない泉で水をくむことはないというわけではないが、この和泉の国で、むなしく日を過ごしたこと。)

 泉があるのに水をくまないことと、和泉の国でその必要もないのに日を過ごした虚しさを、ダブルイメージで詠んでいる歌。まるで、明治時代以降の現代的感覚で詠まれた歌のようにも見えます。



 かなで日本語が表記できるようになって何十年もたたない時期に、これほど繊細高度で完成された作品が書かれているのに驚かされます。


【参考】紀貫之「土佐日記」(ラジオドラマ)


忘れ貝/亡児(土佐日記) 問題解答(解説)

問1 a 完了 り(連体形、直後の「歌」が省略されるパターン。)  b 他への願望 (「誂え」という人もいます。未然形に接続する終助詞。ここでは「寄す」の未然形と文脈から判断する難しく、出題される要注意のパターンです。助詞なので活用語ではありません。)  c 完了 り(已然形)  e 過去推量 けむ(「を」に接続しているので連体形と判断。)

問2 気晴らし

問3(1) この船頭は天気の具合も推測できないでくの坊だったんですねえ。
(「かたゐ」とは乞食のことだが、人を罵って言う言葉として使われた。「でくの坊」と訳しました。「けり」は気づきの「けり」、詠嘆ともよばれます。)

  (2)解答例…「今日は風や雨の具合がとても悪い」と言って船を出さなかったが、実際は終日波も風も立たなかったから。
(直前の2文を口語訳+から・ので)

問4解答例… 停泊地の浜に、女の子が喜びそうないろいろな美しい貝や石などがたくさんあるから。
(「かかれば」は「このようであるから・だから」という意味の接続詞。直前の内容を受けて、おもわず亡き娘のことを想起しているのです。)

問5 平安時代前期・紀貫之・古今和歌集


advanced Q.③

(1)解答例…娘のためには、親は子供のように(分別がなく)なってしまいそうです。

(2)解答例…亡き娘のことを忘れたいと言ったり忘れたくないと言ったり、理屈が通らないことを言っていることに対して。
(「ぬべし」は、〈強意の助動詞・ぬ・終止形の「ぬ」〈キット・確カニと訳すのがふつう。〉+推量の助動詞・べし・終止形の「べし」〉→出題されます。「寄する波」歌は「亡き娘のことを忘れたい」と言っているのに対して、「忘れ貝」歌は「亡き娘のことを忘れたくない」と言っていて、ワケが分からないことを「幼く(分別がなく)」と言っている。)


advanced Q. ④

 解答例…早く都に帰りつきたい気持ちと裏腹に、和泉の船着場から出航できずいたずらに日を過ごすことへのむなしい気持ち。

(直前に「同じ所に日を経ることを嘆きて」とある。手を浸しても冷たくない泉、泉があるのに水を汲むこともない天候はよいのに出航できないむなしい気持ちのメタファです。「和泉」とい地名にかけられています。むずかしい! でも、1000年以上も前、こんな高度な表現がなされていたのですね!!!)


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【参考動画】『土佐日記』
岡山県立岡山芳泉高等学校の美術部と放送文化部の共同制作の作品。すばらしい ! できですね。

高校国語学習支援サイト】向け




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