宵過ぐるほどに3/4 ・4/4(源氏物語 夕顔の巻語⑤)~夕顔死去


   宵過ぐるほどに3/4 4/4 

(源氏物語 夕顔の巻④)

 ~夕顔急死  


 『源氏物語』については、「光源氏の誕生(源氏物語①)~四代の帝、七十四年間、登場人物五百人の物語のはじまり」をご覧ください。こちらです。


 『源氏物語』は、桐壺(きりつぼ)の巻で始まり、帚木(ははきぎ)の巻、空蝉(うつせみ)の巻、夕顔(ゆうがお)の巻と続いていきます。帚木(ははきぎ)の巻には「雨夜(あまよ)の品定(しなさだ)」と呼ばれる有名な場面があり、そこでは五月雨(さみだれ)の一夜、光源氏頭中将 (とうのちゅうじょう) たちが女性の品評をします。そこで頭中将 の論じた中の品(なかのしな)の女に暗示を受けた源氏が、初めは好奇心から、のちには心からの愛情を傾けて夕顔にひかれていきます。そしてついには源氏の愛人六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊(いきりょう)に夕顔が取り殺されるという悲劇的、かつ、怪奇的で幻想的な物語となっていきます。身分違いの、お互いに素性を知らない謎めいた恋愛譚として語られています。

 源氏は17歳、正妻の葵上(あおいのうえ)は21歳。
 後に明らかにされますが、そのころ源氏は六条に住まっていた亡き東宮(とうぐう。皇太子のこと)の御息所(みやすどころ。「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)」と呼ばれる女君)のもとに通っていました。『源氏物語』が書かれた一条天皇のころの京都は東の京の四条以北にのみ人家が密集しそれ以外は荒れていたといいますので、五条・六条はいわば京都周辺部と考えられます。
 六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)のもとへ忍んでいく途中、病に伏している乳母(めのと)を見舞います。その際、たまたま乳母の家の隣家に住む女性を知り興味を持ちます。
 やがて惟光の手引きで源氏は女のもとに通うようになりました、女は素性(すじょう)を明かさないので、源氏も身分を隠したままでした。この女を夕顔(ゆうがお)と呼びならわしています。



盛安本 源氏物語絵巻(江戸時代初期)
横たわる夕顔、死を嘆く光源氏【拡大したもの】



【動画】Genji Monogatari 1
Animated Film from 1987.


 宵過ぐるほど3/4(夕顔の巻) 

【あらすじ】 滝口の男が紙燭(しそく)を持ってきた。夕顔の枕元に先ほどの美女がちらりと見えて、すぐ消えた。夕顔はすでに息絶えていて、冷え入るばかりだった。いたずらにかきくどいたり、強がったりするだけで、源氏には手に余る出来事であった。

「宵過ぐるほどに3/4(源氏物語 夕顔の巻)」の原文/現代語訳はこちら

【與謝野晶子訳】(青空文庫より)
  蝋燭(ろうそく)の明りが来た。右近には立って行くだけの力がありそうもないので、ねやに近い几帳きちょうを引き寄せてから、
「もっとこちらへ持って来い」
 と源氏は言った。主君の寝室の中へはいるというまったくそんな不謹慎な行動をしたことがない滝口は座敷の上段になった所へもよう来ない。
「もっと近くへ持って来ないか。どんなことも場所によることだ」
 を近くへ取って見ると、この閨の枕の近くに源氏が夢で見たとおりの容貌ようぼうをした女が見えて、そしてすっと消えてしまった。昔の小説などにはこんなことも書いてあるが、実際にあるとはと思うと源氏は恐ろしくてならないが、恋人はどうなったかという不安が先に立って、自身がどうされるだろうかという恐れはそれほどなくて横へ寝て、
「ちょいと」
 と言って不気味な眠りからさまさせようとするが、夕顔のからだは冷えはてていて、息はまったく絶えているのである。頼りにできる相談相手もない。坊様などはこんな時の力になるものであるがそんな人もむろんここにはいない。右近に対して強がって何かと言った源氏であったが、若いこの人は、恋人の死んだのを見ると分別も何もなくなって、じっと抱いて、
「あなた。生きてください。悲しい目を私に見せないで」
 と言っていたが、恋人のからだはますます冷たくて、すでに人ではなく遺骸いがいであるという感じが強くなっていく。右近はもう恐怖心も消えて夕顔の死を知って非常に泣く。紫宸殿ししんでんに出て来た鬼は貞信公ていしんこう威嚇いかくしたが、その人の威に押されて逃げた例などを思い出して、源氏はしいて強くなろうとした。
「それでもこのまま死んでしまうことはないだろう。夜というものは声を大きく響かせるから、そんなに泣かないで」
 と源氏は右近に注意しながらも、恋人との歓会がたちまちにこうなったことを思うと呆然ぼうぜんとなるばかりであった。

「宵過ぐるほどに3/4(源氏物語 夕顔の巻④)」の原文/現代語訳はこちら


 美女の霊が現れ、夕顔は息絶える 

 やっと起きてきた滝口の男(管理の子)に火を持ってくるよう命じ、源氏右近(うこん。夕顔の侍女)を励ますだけの元気を取り戻しました。が、探ってみると、夕顔は息絶えているらしい。そうと知ると、源氏には手の下しようがない。
 火が持ってこられた。火を近づけさせると、「この枕上(まくらがみ)に、夢に見えつるかたち(=顔立ち)したる女、面影(幻)に見えてふと消え失せぬ」とある。光の中に一瞬の美女。実際に見えたのか、幻覚なのか。おぼろな光のかなたは廃院(使われなくなった邸宅)の闇である。夕顔に寄り添ったが、夕顔はすでにこと切れている。取り乱した源氏は、一方で右近を励ましながらも、夕顔のむくろに取りすがってぼうぜんとしている。女の右近に比べて、源氏はさすがに自己を失っていないが、「若き御心にて」の一語に、若く世慣れぬ源氏の姿が集約されている。 





 宵過ぐるほど 4/4(夕顔の巻) 

【あらすじ】 さっきの男(滝口)を召し寄せて、惟光(これみつ。源氏にお供する随人)を呼びにやるなどなさるけれど、心は夕顔の死の悲しみでふさがれている。
 夜中過ぎらしく、風がつのり、人の声もない。とんでもない所に泊ったものだと悔やみながらも、源氏惟光を待ちかねている。部屋の隅の暗さ、何とも知れぬみしみしという音の恐ろしさ。夜明けはまだ遠い。

「宵過ぐるほどに4/4(源氏物語 夕顔の巻④)」の原文/現代語訳はこちら

【與謝野晶子訳】(青空文庫より)
  滝口を呼んで、「ここに、急に何かに襲われた人があって、苦しんでいるから、すぐに惟光朝臣これみつあそんの泊まっている家に行って、早く来るように言えとだれかに命じてくれ。兄の阿闍梨(あじゃり)がそこに来ているのだったら、それもいっしょに来るようにと惟光に言わせるのだ。母親の尼さんなどが聞いて気にかけるから、たいそうには言わせないように。あれは私の忍び歩きなどをやかましく言って止める人だ」
 こんなふうに順序を立ててものを言いながらも、胸は詰まるようで、恋人を死なせることの悲しさがたまらないものに思われるのといっしょに、あたりの不気味さがひしひしと感ぜられるのであった。もう夜中過ぎになっているらしい。風がさっきより強くなってきて、それに鳴る松の枝の音は、それらの大木に深く囲まれた寂しく古い院であることを思わせ、一風変わった鳥がかれ声で鳴き出すのを、梟(ふくろう)とはこれであろうかと思われた。考えてみるとどこへも遠く離れて人声もしないこんな寂しい所へなぜ自分は泊まりに来たのであろうと、源氏は後悔の念もしきりに起こる。右近は夢中になって夕顔のそばへ寄り、このまま慄(ふる)え死にをするのでないかと思われた。それがまた心配で、源氏は一所懸命に右近をつかまえていた。一人は死に、一人はこうした正体もないふうで、自身一人だけが普通の人間なのであると思うと源氏はたまらない気がした。灯(ひ)はほのかに瞬(またた)いて、中央の室との仕切りの所に立てた屏風(びょうぶ)の上とか、室の中の隅々(すみずみ)とか、暗いところの見えるここへ、後ろからひしひしと足音をさせて何かが寄って来る気がしてならない、惟光が早く来てくれればよいとばかり源氏は思った。彼は泊まり歩く家を幾軒も持った男であったから、使いはあちらこちらと尋ねまわっているうちに夜がぼつぼつ明けてきた。この間の長さは千夜にもあたるように源氏には思われたのである。


 闇の恐ろしさ 

 滝口の男に惟光(これみつ。源氏にお供する随人)を呼ぶよう命じる源氏の言葉には、乳母子(めのとご)の惟光がいなくては何もできない、世慣れぬ源氏の悲しさがあり、また、乳母(めのと)に知られるのをはばかる悔恨がある。夕顔を失った悲嘆、軽率なことをしたという悔恨、胸一つに抱えきれないほどの思いで、源氏を囲んでいるのは、つのってきた風の音、闇の恐ろしさでした。
 風が吹きつのり、松の音、梟(ふくろう)の声、ほのかにまたたく心細い燈火に物の陰が揺れる。闇から何かが忍び寄るような物音。音が闇の恐ろしさを増幅し、闇は音をいよいよ不気味に反響させ、まだ夜明けには間がある待ち遠しさを強めている。


「宵過ぐるほどに4/4(源氏物語 夕顔の巻④)」の原文/現代語訳は


花のゆかり(「源氏物語」夕顔の巻①)~好奇と悲劇の顛末(てんまつ)へはこちら

扇の主(「源氏物語」夕顔の巻②)~好奇と悲劇の顛末(てんまつ)へこちら

八月十五夜(「源氏物語」夕顔の巻③)~好奇と悲劇の顛末(てんまつ)へこちら




 宵過ぐるほどに 3/4  問題解答(解説) 

問1 a打消の助動詞「ず」の已然形。 d可能の助動詞「る」連用形。  bかたち

問2 c不気味だ e起こす f哀れだ(「大変だ」なども)g仰々しい(「大げさだ」なども)

問3 滝口に夕顔を見せないため。

問4 ②参上できない遠慮から(え〈副詞、後に打消しの語句を伴って、…デキナイの意。)/参ら〈動詞〉/ぬ〈打消 助動詞 ず 連体形/つつましさ〈名/に〈格助詞〉)
   ⑥死んでしまった
   ⑦ひどく悲しい目をお見せなさるな (「な…そ」は…なさるな、禁止。「いみじき」はここでは、ひどく辛い、悲しいの意。)
   ⑧死んでしまわれまい(「いたづらになりはつて」は死ぬ、死んでしまうの別表現、「いたづらになる・身まかる・果つ」など多数ある。「たまは」はの補助動詞。「」は打消の推量の助動詞)

問5 ③すなれ ④せむ

問6 人の亡くなった折(夕顔が息絶えて冷たくなっている直後のこと、この後源氏は手をこまねいている。悪霊を退散させることともとれる。)

問7 平安 紫式部 彰子 藤原道長


 宵過ぐるほどに 4/4  問題解答/解説 

問1 a不思議だ b苦しそうだ 気分が悪そうだ d何とない気味のわるさ g気味が悪い hしっかりしている 判断力がある


問2 c完了の助動詞「つ」未然形。 e完了の助動詞「ぬ」連用形 f断定の助動詞「なり」連用形 g形容動詞・ナリ活用の語「空なり」連用形の活用語尾。 i断定の助動詞「なり」連用形 j形容動詞・ナリ活用の語「ほのかなり」連用形の活用語尾。


問3(1)参らなんと

  (2)「参る」は四段活用の動詞。「参り」は、連用形であるから、「な」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「む」は推量の助動詞(終止形)で、「きっと参上するだろう」の意となり、これでは後文の「ここかしこ尋ねけるほどに」には続かない。一方、「参ら」は未然形であるから、「なむ」は誂え望む意の終助詞ということになり、「参上してほしいと」の意味となって理路整然とする。

問4(1)気味悪く恐ろしい。

  (2)表面は勇ましく振舞っているが、内心では悲しみと恐怖におののき、途方に暮れている。

問5 平安 紫式部 彰子 藤原道長


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