をぎの葉
『更級日記』
~十三夜、夜更けの男と女について
「をぎの葉」(更級(さらしな)日記)を現代語で
「をぎの葉/その十三日の夜(更級日記)」 原文+現代語訳はこちらへ。
その月の十三日の夜、月がたいそう曇りなく明るい晩に、家の人は皆寝てしまった夜中時分に、縁側(えんがわ)に出て座って、姉が空をしみじみと物思いにふけって見て、
「今すぐ、私がどことなく飛びうせてしまったらあなたはどう思う?」
と尋ねてくるので、私が薄気味悪く思っているようすを姉は見て、ほかの話に紛らし笑ったりなどしていたが、ふと聞くと、隣の家に、先払い(貴人が通るとき、「おーし」などと言って通行人を追い払うこと)させて来た車が止まって、
「をぎの葉、をぎの葉」
と供の者に呼ばせるけれど、返事をしないらしい。呼びあぐんで、笛をたいそう趣深く吹き澄まして、行ってしまったようだ。そこで、私が、
笛のねのたゞ秋風ときこゆるになどをぎの葉のそよとこたヘぬ
と言うと、姉は
「そうね。」と言って、
をぎの葉のこたふるまでも吹きよらでたゞに過ぎぬる笛の音ぞ憂き
と答えて詠(よ)んだ。こうして夜の明けるまで一晩中空を眺め明かして、夜が明けてから二人とも寝たのであった。
「をぎの葉/その十三日の夜(更級日記)」 原文+現代語訳はこちらへ。
満月近くの夜の男と女
作者菅原孝標女(すがわらたかすえのむすめ)、15歳の時を回想した記事。
満月のつぎに美しいとされる十三夜(じゅうさんや)の深夜、二人の姉妹が眠れないままに語り合っている。夜、手持無沙汰なままに主従や近親者などと取り留めもない話をして過ごすのは当時の人々のあり方でした。姉はこの時は既婚(きこん)でした。
すると隣家の女性の家の門をたたく音が聞こえてきます。が、女性の方は返事をしないらしく、訪れた貴人(きじん)は笛を吹き澄まして去って行きました。かすかに聞こえてくる音から状況を想像しているわけです。姉妹は、その女と男の態度について和歌で唱和します。
作者は
笛のねのたゞ秋風ときこゆるになどをぎの葉のそよとこたヘぬ ⇨笛の音はただもう秋風のように聞こえるのに、どうしてをぎの葉(=女性)はそれに応じてそよとも音をたて返事をしないのかしら(「秋風」が吹くと、それに応えて、荻の葉が「そよそよ」と音を立てる⇒男性が言い寄ると、それに女性が応じる、ということの和歌的な比喩表現)
と歌を詠(よ)んで隣家の女をつれないと非難します。満月のロマンチックな夜、「をぎの葉」と呼びかけたのに、女性はなぜその貴人を素直に受け入れないのだろうかと女性を責めているのです。
すると、姉は、
をぎの葉のこたふるまでも吹きよらでたゞに過ぎぬる笛のねぞ憂き
⇨おぎの葉が呼びかけに応じてこたえるまで立ち止まり吹き続けないで、そのまま過ぎてしまった笛の音の主(=男)の方が恨めしいわ。
と詠んで、男の淡泊(たんぱく)さを非難しました。姉はその貴人がもっと笛を強く吹き寄ったら女性も応えたでしょうにと、男性の強い愛の表現を待つ女心を述べていることになります。1000年近くほど昔の、回想された夜更けの姉妹の会話が書き留められています。
その夜、姉が「私がこのまま消え去ったらどう思うかしら」などと言うと、作者は恐ろしさに襲われたといいます。病弱でロマンチックであった姉の言葉に、作者は不吉な予感めいたものを感じたのでしょうか、その2年後に、姉は産後の病気のため子を残して若死にしました。
960年程前の夜更けの姉妹の会話が残されているのです。
更級(さらしな)日記とは
平安時代に書かれた日記文学。作者は菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)。『源氏物語』成立後50年後位に成立。作者が、その晩年(50代前半)に、少女時代の回想で始まり、成長して宮仕えをし、結婚し、親しい人との死別など女性としてたどってきたさまざまな経験を記(しる)しています。
作者菅原孝標女は菅原道真(すがわらのみちざね)の子孫で学者の家柄に生まれました。叔父の藤原長能(ながとう)は著名な歌人で、母方の姪(めい)に『蜻蛉日記』の作者藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)がいます。学問と和歌に縁の深い家系です。
作者菅原孝標女は過保護な育てられ方をされたらしく、引込み思案な性格だったようで、結婚も遅れました。祐子内親王家(ゆうしないしんのうけ)に宮仕(みやづか)えに上がり、そのころ橘俊通(たちばなのとしみち⇨こちら)の後妻となった。その夫も急死し孤独な生活となる。宮仕えにも失望し 、夫の死後、信仰にも没入しきれぬまま自己の半生を回顧して、この日記の筆をとるようになったようです。
今から960年ほど前に女性によって書かれた日記文学です。
『古のオタク「更級日記」』
【
#1推し-ICHIOSHI-】奥友沙絢2020/07/18
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