公任 ? 顔を踏んづけてやる !(大鏡)~父親の嘆きに、道長が豪語したこと

 公任 ? 顔を踏んづけてやる ! 

 (大鏡) 

 ~父親の嘆きに、道長が豪語したこと 





  藤原道長(みちなが)とは 

 織田信長・豊臣秀吉は天下人(てんかびと)と呼ばれますが、藤原道長は平安時代の天下人と呼んでよいような人物で、「一の人」と言われました。摂関家の嫡流(ちゃくりゅう)としての地位を確立した藤原兼家(かねいえ)の五男。娘を次々と后に立て、外戚となって内覧・摂政・太政大臣を歴任、権勢を振るい、栄華をきわめました。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月(もちづき)の 欠けたることも なしと思へば(この世で自分の思うようにならないものはない。満月に欠けるもののないように、すべてが満足にそろっている)」と詠(うた)ったというのは有名。一条天皇の后となった娘の彰子に仕えたのが『源氏物語』を書いた紫式部です(こちらを)。


  藤原公任(きんとう)とは 

 藤原頼忠(よりただ)の長男。母は厳子女王。権(ごんの)大納言、正二位にいたる。一条朝の四納言のひとり。漢詩,管弦にもすぐれ、「三船の才」の持ち主とたたえられた。  
 「三十六人撰」「和漢朗詠集」を編集、歌論書「新撰髄脳」、有職(ゆうそく)書「北山(ほくざん)抄」などの著作がある。通称は四条大納言。家集に「公任集」。


  顔をや踏まむ(大鏡)現代語訳 

「面をや踏まむ(大鏡)」原文+現代語訳はこちら

 公任殿がこのように何事に秀(ひい)で、すばらしくいらっしゃることを、兼家(かねいえ)公が「公任殿は、どうしてあのように諸芸に通じているのであろう。うらやましいことよ。道隆(みちたか)・道兼(みちかね)・道長が、公任殿の影さえ踏めそうにないのはまったく無念のことだ。」と申し遊ばしたので、道隆公・道兼公などは、「父君が、そうおぼしめすことはもっともなことよ。」と恥ずかしげなごようすで、一言もおっしゃらない折に、この道長公は、大変若くていらっしゃる身でありながら、「公任殿 ? 影など踏まないが、顔(つら)なら踏んづけてやるさ ! 」とおおせられたそうですが、本当にそのお言葉通りになったようですね。今、公任殿は、当の道長公はもちろんのこと、その子息(しそく)で、御自分の娘婿(むすめむこ)である教通(のりみち)公に対してまで、かしこまれて、そば近くご対面おできになれないありさまですよ。


「面をや踏まむ(大鏡)」原文+現代語訳はこちら


  父兼家の嘆き 

 当時、公任最高権力者関白頼忠の嫡男(ちゃくなん=長男・あととり)である上に、貴族社会で最も重んじられた和歌・漢詩・楽器演奏に抜きんでた多芸多才ぶりは世間で評判高かった。それに比して、右大臣兼家の子息たちの、道隆・道兼・道長は父親の目からはかすんだ存在に見え、「公任殿がうらやましい。我が子たちがその影でさえ踏めそうにないのが残念だ。」と嘆いたとしています。


  対照 

 兄二人は、父君はさぞ残念に思っていらしゃる事であろうよと恥ずかしがっていたが、末息の道長は、「影など踏まないが、顔(つら)なら踏んづけてやる。」と反発しました。

 公任兼家子息たちの対照、そして、兄二人と道長の対照させ、若き日の道長の気概の大きさを語る物語にしています。

 さらにもう一つの対照は、時が経過し、道長が権勢を誇る今、道長の子息教通(のりみち)は公任の娘婿(むすめむこ)であるが、公任はその娘婿(むすめむこ)の前でさえ、かしこまっていなければならないほど、道長と公任との力関係は逆転しまったと語られる。現在の両者の立場がここでも対照的に描かれています。

 公任教通の北の方(正妻)となった娘に夢を託したが、その娘もはかなく死去してしまったのです。公任は「何もかも嘆かないですむことはない」と、官を辞し、出家してしまいます。この本文の結末部は哀切でさえあります。ただ、「新撰髄脳」などの諸著作が、1000年以上にわたって、詠歌や歌学・歌論に影響をあたえ続け、また、現在の文学研究の対象となって寄与するものとして残ってること、知っていていいと思います。


 「大鏡」とは 

 摂関政治こちらを)の絶頂期を過ぎたころ、過去を振り返る動きが起こり、〈歴史物語〉(こちらを)という新しい文学ジャンルが産まれました。

 それまで歴史は「日本書紀こちらを)」のように漢文で書かれましたが、十一世紀中頃かなで「栄華物語こちらを)」が書かれ、続いて、十二世紀に「大鏡」がまたかなで書かれました

 「栄花物語』は藤原道長賛美に終始していますが、「大鏡」は批判精神を交えながら、歴史の裏面まで迫る視点をも持ち、歴史物語の最高の傑作といえます。

 「大鏡」は、約百九十年の摂関政治の裏面史を批判的に描きだしていて、「枕草子」などの女流文学者が表の世界を描いたのに対し、「大鏡」は裏の世界を描いたともいえます。作者は未詳(みしょう)でいろいろと推測されているようです。権力中枢やその周辺にある人であることは間違いないのでは。藤原氏を中心とした権力闘争の実相を冷静に、しかも、いきいきと描きだしています。秀逸なストリー・テーラーだったようです。


【平安時代】51 摂関政治全盛 藤原道長


「大鏡」
『ちょっと学べる!天理図書館の文学ナビ』(12)

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