関白の宣旨(せんじ)/女院と道長(大鏡)~道長、関白になれたのは誰のお陰 ?

 関白の宣旨/女院と道長 

 「大鏡」 

 ~道長、関白になれたのは

誰のお陰 ? 


「紫式部日記絵巻」断簡(東京国立博物館蔵)
画面上右に彰子、上左に抱かれた皇子、下中央に道長

  道長と伊周 

 藤原道長(入道殿)とは 

 兼家(かねいえ)の五男。娘を次々と后に立て、外戚(がいせき)となって内覧・摂政・太政大臣を歴任、権勢を振るい、栄華をきわめました。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば(この世で自分の思うようにならないものはない。満月に欠けるもののないように、すべてが満足にそろっている。)」と詠(うた)ったというのは有名。一条天皇の后となった娘の彰子(しょうし/あきこ)に仕えたのが『源氏物語』を書いた紫式部です(こちらを)。


藤原伊周(これちか)とは

 藤原北家(ほっけ)の嫡男(ちゃくなん=跡とり)、父摂政藤原道隆(みちたか)の引き立てがありとんとん拍子で出世、21歳で8歳年上の叔父道長ら3人の先任者を飛び越えて内大臣に昇進。父道隆死後道隆のすぐ下の同母弟である道兼関白に就いた。しかしその道兼は拝賀の僅か7日後に病死し、後継の関白をめぐる政争が伊周道長の間に繰り広げられた



   「関白の宣旨/女院と道長」現代語で縮約 

 関白の道隆が糖尿病を悪化させ病没、すぐ下の弟の道兼が関白職に就くが、なんと、そのわずか七日後にこれも病没。その後継の関白職をめぐって伊周道長の政争がくり広げられていました。人物名は本文では職名などで書かれていますが、ここでは実名に変えています。


関白の宣旨/女院と道長(大鏡)原文・現代語訳こちら


道長への関白宣下をお渋りなさる一条天皇

 道長様と甥にあたる伊周様の仲は、たいそうお悪かったのですが、女院一条帝の母、詮子、道長の姉)は弟君の道長様を特別にお目にかけ大切におぼしめされていたので、伊周様は女院をお嫌いになってよそよそしく応対なさっていました。一方、一条帝伊周の妹君の皇后の宮定子)を心から寵愛あそばしていた縁で、伊周様は日夜一条帝の御前に伺候し、道長様のことはもちろん、女院のことまでもあしざまに申し上げなさっていましたが、そのことをお気づきあそばしていた女院は残念なこととおぼしめしになっていました。

 伊周様の陰口なども影響して、〔関白道兼病没後の後継について〕、一条帝道長様を関白とするということをたいそうお渋りあそばしていました。一条帝は、父大臣(道隆)が亡くなって世間の人望も一変して、皇后の宮(定子)につらいことになるだろうことを気の毒にお思いあそばし、次兄の道兼様に対してさえ、すぐには関白の宣旨をお下しあそばされなかったのですから、道兼様がお亡くなりになったからといって、まして末弟の道長様に関白の宣旨をすぐにお下しあそばすはずはありません。しかし、女院は、関白任官を兄弟の順序に従ってさせるべきだとおぼしめし、道長様が関白として天下を治めることを一条帝はお渋りあそばしていたことは充分承知なさっていたけれども、道長様に関白宣旨をお下しになることを避けようとなさったことについて、たいへんふつごうなことと、一条帝に語気強く奏上あそばしました。その後、一条帝はやっかいなこととおぼしめしあそばしたからでしょうか、女院の方へおいであそばさなくなったそうです。


女院、一条帝の寝室で道長を関白にと説得

 このように一条帝女院のところへおいであそばされないので、女院はご自分から、一条帝の御寝所(ごしんしょ)の間(ま)にお入りあそばして、道長様を関白にするように泣き泣きお願い申し上げなさいました。その日は、御寝所の間から女院がお出ましになるまで、道長様は上の御局(后妃の座所=詮子の居所)でお待ちあそばしていました。女院がなかなか出ておいでにならないので、これは不首尾なのだろうと心配あそばしていたところ、女院がでていらしゃり、そのお顔は涙に濡れて赤らみつやつや光っていらっしゃいましたが、嬉しげに微笑をたたえて、「ああ、やっと、道長様への関白宣旨が下りました」と道長様に申し上げなさいました。


道長、女院へのご恩報じ

 関白宣旨という重大事は、根本的には前世からの宿縁によるのであって、女院一個人のご努力の結果だとは言えないのですが、それはそれとして、道長様は努力を尽くしてくださった女院のことをおろそかにお思い申し上げなさるはずはありません。道長様は何かにつけて女院にご恩報じ(恩返し)をなさり、お仕えあそばしました。中でもひときわ程度を越えてご恩報じをなさったと思われるのは、女院亡き後のご葬儀の折は、道長様は亡き女院のお骨までも、首におかけあそばしていたのですよ。

関白の宣旨/女院と道長(大鏡)原文・現代語訳こちら


   関白職をめぐる政争の内実 

女院(道長の姉)の立場

 名は詮子(せんし/あきこ)。道長の姉、道長を愛し後援する人。一条天皇の実母。

 感情的に不快な甥の伊周(これちか)を関白にしたくない。むしろ自分の弟(道長)を関白にするのが何かにつけて便利であると考えているようです。


皇后の宮(定子)の立場

 一条天皇の中宮(后妃)、伊周(これちか)の妹。自分の兄伊周(これちか)を関白にして、父道隆亡き後の我が家(中の関白家)の再興と繁栄をはかりたいと願っています。清少納言が仕えた中宮でもあります。『枕草子』によると、とても美しく、教養豊かで、侍女たちへ細かい配慮・心配りのできるお人柄だったようです。

一条天皇の結論

 寵愛(ちょうあい)する皇后の宮(定子)の意向をくみ、道長を関白職に就けるのをしぶっていたが、気の弱い帝(一条天皇)結局母親の女院(詮子)の強引な説得に押し切られ、ついに道長を関白につけることとしたと、『大鏡』はしています。

関白の宣旨/女院と道長(大鏡)原文・現代語訳こちら


   「大鏡」とは 

 摂関政治こちらを)の絶頂期を過ぎたころ、過去を振り返る動きが起こり、〈歴史物語〉(こちらを)という新しい文学ジャンルが産まれました。

 それまで歴史は「日本書紀こちらを)」のように漢文で書かれましたが、十一世紀中頃かなで「栄華物語こちらを)」が書かれ、続いて、十二世紀に「大鏡」がまたかなで書かれました

 「栄花物語』は藤原道長賛美に終始していますが、「大鏡」は批判精神を交えながら、歴史の裏面まで迫る視点をも持ち、歴史物語の最高の傑作といえます。

 「大鏡」は、約百九十年の摂関政治の裏面史を批判的に描きだしていて、「枕草子」などの女流文学者が表の世界を描いたのに対し、「大鏡」は裏の世界を描いたともいえます。作者は未詳(みしょう)でいろいろと推測されているようです。権力中枢やその周辺にある人であることは間違いないのでは。藤原氏を中心とした権力闘争の実相を冷静に、しかも、いきいきと描きだしています。秀逸なストリー・テーラーだったようです。


☆ 道長の父親兼家・道兼が、花山天皇を罠にかけて権力を手中に収める過程をリアルに語っている「花山天皇の退位~藤原兼家と道兼による陰謀・暗躍・奸計 !」(こちらを)をつい思い起こされます。


「つらをやは踏まぬ(大鏡)~道長豪語、"公任 ? つらを踏んづけてやるさ ! "」もどうぞ。こちらです。

「弓争ひ(大鏡)~道長と伊周、ライバル意識の火花」もどうぞ。こちらです。

「きも試し/道長の豪胆(大鏡)~新しい理想の男性像」どうぞ。こちらです。

「花山天皇の退位(大鏡)~藤原兼家と道兼による陰謀・暗躍・奸計 ! 」どうぞ。こちらです。

「若宮誕生『紫式部日記』~道長絶頂のひとこま、紫式部の本音」どうぞ。こちらです。


「大鏡」
『ちょっと学べる!天理図書館の文学ナビ』(12)

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