『徒然草』とは
仏教的無常観・老荘的虚無思想・儒教的倫理観が基盤にあるとされ、また、作者兼好法師は和歌四天王の一人に数えらたように、美的感受性にも優れている。
前段の組み立て
① 人生の仮の宿りではあるが、住宅は感じのよいものにしたい=主旨
② 身分教養ある人が心静かに住んでいる住宅は、庭園や調度のようすまで実にゆかしい=望ましい住居のさま
③ やたら贅(ぜい)をつくして作った住宅はかえっていとわししいものだ=②の敷衍(フエン。意味や趣旨をおしひろげて説明すること)=望ましくない住居のさま
④ その家を見れば、主人がどういう人かわかるものだ=結語
兼好の住居観
兼好は住宅について、他の章段でもいくつか言及しています。「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑きころわろき住居は、堪へ難き事なり。」はよく知られている箇所。なるほどと思いますが、現代の都市の、狭くて密集した庶民の住宅では、望んでもかなわないことのようにも思います。気密性を高くして空調設備でしのいでいます。それはそれで何らかの破綻がきたすのではとも。
良し悪しや価値のあるなしは、保守と進歩という座標軸のどこに位置づけられるかによって、かなり違ったものになりますが、ここでは、奇をてらわない教養が偲ばれるような、鎌倉末的な無常観を背景にして平安的趣味観に基づいた保守的な住宅観が述べられているとらえられます。
住宅によってそこの主人の心根が分かるが、ただ、見た目だけで即断できないこともある。
後段の趣旨
後徳大寺大臣の屋敷の屋根に、鳶(とび)を止まらせまいと縄をはられたのを、西行(さいぎょう。「新古今集」入集1位の大歌人」)はその狭量さを軽蔑した。しかし、綾小路宮(あやのこうじのみや)が屋根のカラスを追ったのは、池の蛙(かえる)を不憫(ふびん)がられたためであったという先例がある。これからみると、徳大寺殿の場合にも何か深いわけがおありになったのかもしれない。
兼好の思考態度
西行は、「平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した歌人。…藤原俊成とともに新古今の新風形成に大きな影響を与えた歌人であった。…後世に与えた影響は極めて大きい。後鳥羽院をはじめとして、宗祇、芭蕉にいたるまでその流れは尽きない。」(ウキペディアより)歌道の巨星と言えます。ここでは、その西行を相対化するような言い方がされていることが興味深い。
兼好が、ものごとをその表層だけではなく、その裏面や深層を追求しようとする態度を有していたともいえるでしょう。
家居のつきづきしく 問題解答(解説)
問1 ①木立ものふりて ②心のままならず ③見る目も苦しく ④いとわびし(二項対立で思考され記述されているとも言えます。「心のままならず」は、文意から、草木の本然の性にまかせず、不自然にの意のようです。)
問2 せんざい 庭の植え込み
問3 寝殿に鳶をとまらせまいとするほど狭い度量なんだなという推測。
(「さばかり」は、そんな程度の意の副詞。「に」は断定の助動詞「なり」連用形。「こそ」の後に「ありけれ」などを補う。西行の失望した内容をまとめることになります。)
問4 そういうわけであったのなら、立派なことをなさったのであった
(「さては」は、それでは・それならの意の接続詞。「いみじ」は「池の蛙」を守ろうとする心遣いに感心する気持を表す語となる。)
問5 〈例解〉物事を表面だけで理解しないで、さらに内面に立ち入ってその理由を追求しようとする素朴な科学的思考の態度。
(歌道の巨星とも言える西行の言葉でも、盲目的に受容するのではなく、「綾小路の宮」の例のような事情もありうるのではないか…としているのです。現代の猫よけペットボトルやカラスよけ目玉のようなことをしていたんですね。)
advanced Q.
(1)「さてもやは、ながらへ住むべき」、「時の間の烟ともなりなん」(「仮の宿り」とは、かりそめの一時的な宿の意で、仏教思想では、現世を無常な一時的な世と考える。同様の趣旨が書かれているのは「さてもやは長らへ住むべき。また、時の間の煙ともなりなん。」の個所)
(2)無常観
(「無常」とは、① 万物は生滅流転し、永遠に変わらないものは一つもないということ。 対義語は「 常住 」、「諸行無常」などとも使われる。② 人の世の変わりやすいこと。命のはかないこと。また、そのさま。 ③ 人間の死。「無情」とは区別すること。)
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