袴垂、保昌に会ふこと(宇治拾遺物語)もっと深くへ !


  『宇治拾遺物語』とは

  宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)とは、今から800年ほど前(鎌倉時代前期)に成立した説話集説話とは人々の間で語り伝えられた話を書き集め記(しる)したもの。

  帝や聖人から盗賊、にせ坊主、さらには、鬼や動物の化身にいたるまでを主人公とする説話が集められています。多彩な話がおだやかな語り口で描かれ、編者の人間に対する並々ならぬ興味と、狭い価値観に縛られない寛容な精神が感じられます。


  保昌と袴垂とは

保昌藤原保昌(ふじわらのやすまさ)。平安中期の貴族、母は元明親王の息女。日向(ひゅうが)・肥後(ひご)・大和(やまと)などの国守を務めた。武勇に優れ大盗賊袴垂(はかまだれ)を恐怖に陥れた説話は有名。また、酒吞童子(しゅてんどうじ。こちらを)説話では、源頼光とともに鬼退治をしたとされています。和泉式部(いずみしきぶ。こちらを)の夫としても有名。


袴垂(はかまだれ)…安時代の伝説的な盗賊の首領。『今昔物語集』では、一度は捕らえられたが、大赦で出獄した後、関山で死んだふりをして、油断した武者を襲い殺すなどして、再び徒党を組むしたたかな行状が描かれています。「袴垂(はかまだれ)」は、貴族の正装である束帯の表袴(おもてばかま)の前に二つの垂れがつくことに由来する呼び名であったろうともいわれる。この話の登場人物、藤原保昌の弟保輔(やすすけ)との説もあり、そうであればこんがらがってきます。


  保昌=武芸に秀でた貴族~平安時代末に現れた、新しいヒーロー像

 説話集は、説話(語り伝えられた昔話や世間話など)を書き記したものですが、書き記した人の好みや個性や力量がうかがえます。
 この「袴垂、保昌に会ふこと」でも、親しみやすく軽妙で軽快、テンポの良い語り口が、読む者の興味を引っ張っていきます。

 当時の人は盗賊の「頭(かしら)」を「大将軍」と呼んでいたというのもおもしろいですね。現代でも、「大将」とか「社長」とか呼びかけていい気分にさせようとするのに通じるよび方になるのでしょう。
 深夜、人も寝静まっているなかを、上等(絹)の狩衣(かりぎぬ…平安時代の男性貴族の普段着。こちらを)を着込んだ人が歩いてきた。袴垂は「オレに着物をくれてやるとやって来たのだな」と身勝手に受け止める。盗賊の袴垂には深夜に高価な着物を着こんで出歩いているなんて、〈カモがネギを背負(しょ)って状態⇒こちら〉に見えたようです。
 
 しかし、その人は危険が迫っているのに動揺する気配がない。襲いかかろうとしてもスキがない。袴垂が勇気を出して刀を抜いて襲いかかかると、その人は振り返り「お前は何者だ?」という。その威圧的で威厳のある雰囲気袴垂は気圧(けお)されてしまい、その場にへたり込んでしまった。その人の「ついて来い。」という言葉にあらがうこともできない、人を意のままに導き動かす能力も持っていたようだった。
 その人の家についてみると、その人は摂津の前国司、藤原保昌(やすまさ)という人だと分かった。その人は袴垂に着物を授(さず)け、「必要ならいつでもここに来い。相手かまわず襲い掛かって、けがなどすることになるなよ。」と戒(いまし)める、懐(ふところ)が深く、かつ、太っ腹でもあった。

 月夜に笛を吹きながら逍遥(しょうよう=そぞろ歩きのこと)する風流な人ではあるが、一方、洗練された恋愛をしたり、和歌や管弦に秀でる上品で雅(みやび)な王朝的な男性主人公像とはかなり異質新しい人間の類型に人々は興味をひかれ、魅力を感じたのではないでしょうか。
 平安時代後期、武士が勃興し力をつけ、社会に影響を与えつつあった新しい時代、人々を感心させ魅了する人物像の類型の一つともいえるでしょう。

 私たちは、意識するにしろしないにしろ、親だったり、先輩だったり、スポーツ選手だったり、歴史上の人物だったり、アニメの主人公だったりを、目指すべきモデル(=ロールモデル)にして生きていると言えます。そういう意味では、「保昌」は現代ではどういう人になるのでしょうか?






袴垂、保昌に会ふこと 問題解答(解説)

問1 なる
 (断定の助動詞「なり」の連体形。「なるめり・べかるめり・あるめり・多かるめり」→「な(ん)めり・べか(ん)めり・あ(ん)めり・多か(ん)めり」のパターン。)

問2a かんなづき または、かみなづき

  b さっさと行かないで(初冬の深夜を楽しむように、笛を吹き散策する保昌の風流を好みかつ豪胆な人物像をイメージさせる一節です。)

  d 茫然自失の状態で  我を失って

  c こそ(すぐ下にある「たれ」=結び係りになる助詞は、係助詞の「こそ」だけ。)

問3 危険が迫っているのに気づかないので悠然として見えるのか、それとも危険が迫っているのを知っているのに、それを危険だとも思わないで悠然としているのかどちらなのかということを。
(どちらかであるか知りたいと思った。知らないで悠然としているのなら、知った時にあわてるだろう。それを試してみようと思ったということになるわけです。)

問4 襲い掛かることもできそうになかったので
(「とりかかる」には、立ち向かう・打ちかかるの意がある。「べく」は、助動詞「べし」の連用形、可能の意。「けれ」は過去の「けり」の已然形、「ければ」で確定条件、~ノデと訳す。)

a.Q 解答(解説)

Q.1  袴垂が保昌の無言の威厳を察知し、保昌の指示や命令に唯々諾々と従っているのを見て、人の力量を見抜く能力・直感力の持ち主であると評価したから。
(保昌は、袴垂が相手の力量を見抜く優れた能力の持ち主であると評価したということです。)


Q.2  並外れて豪胆で威厳のあるさま。
 (15字。「いみじ」とは、はなはだしいさまの意、良いにつけ悪いにつけはなはだしいさまについて言う。ここでは「なんともたいしたありさま」と感嘆する言葉具体的には、危険が迫っているのに動じない、襲いかかろうとしてもできないスキのなさ、相手を意のままにしてしまう迫力、自分を狙った盗人に施しをして戒める懐(ふところ)の深さが、「いみじかりし人のありさまなり」と語られています。保昌は平安時代中期に大和守などを務めた貴族だけど、武勇に秀でた人として有名だったらしい。平安から鎌倉時代の人々に興味深く語られていた伝説的な人物のようです。)

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