小式部内侍が大江山の歌の事(古今著聞集)もっと深くへ !

 


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第六十首(小式部内侍

   古今著聞集(ここんちょもんじゅう)とは

 今から770年ほど前(鎌倉時代)に成立した説話。『徒然草』とほぼ同時代。編者は、橘成季(たちばなのなりすえ)。多種多方面な話、七百話以上が収められている。王朝懐古の思いが強く、約三分の二が平安時代の貴族説話である。『今昔(こんじゃく)物語集」『宇治拾遺(うじしゅうい)物語』とともに、日本三大説話集とされている。


  母和泉式部

 小式部の母和泉式部(いずみしきぶ)は、橘道貞(たちばなのみちさだ)と結婚、和泉守(いずみのかみ)であった夫の官名から以後は「和泉式部」と一般によばれるようになりまし。2人の間にはまもなく小式部の内侍(こしきぶのないし)が生まれました。和泉式部は、為尊(ためたか)親王(しんのう)、大宰帥(だざいのそち)敦道(あつみち)親王との相次ぐ恋愛事件によって夫婦の生活は破綻(はたん)し、父雅致(まさむね)からも勘当を受ける身の上となったそうです。平安中期、恋多き女性として、そして、著名な歌人として知られていました


  あらまし

 和泉式部が丹後の国に下っていた時、娘の小式部内侍(こしきぶのないし)が、歌合せの詠み手に指名された。これを聞いた中納言定頼は、小式部内侍(こしきぶのないし)の局(女官などの居室)の前を通った時、丹後にいる母親に手紙で代作を頼んだのだろうと揶揄(やゆ=からかい)を浴びせたところ、小式部内侍(こしきぶのないし)は即座に、手紙など出していないという内容の、技巧を凝らした歌で応じた。その歌の巧みさに驚いた定頼は、その歌に相応しい返歌も作れず逃げ去ったのです。

「小式部の内侍が大江山の歌の事」原文/現代語訳こちらへ。


  超絶技巧の歌を即興で詠む

 小式部内侍(こしきぶのないし)は、母和泉式部と共に一条天皇中宮彰子(ちゅうぐうしょうし)に出仕しました。そのため、和泉式部と区別するために、「小式部」という女房名で呼ばれるようになったようです。

 その小式部内侍(こしきぶのないし)ひやかしの言葉をかけた藤原定頼(ふじわらのさだより)が、局(つぼね=女官などの居室)の前を通り過ぎもしないうちに、小式部の内侍が高度な歌をよみかけて応えました定頼の、「返事はないだろう」「詠歌の実力はそれほどではないだろう」という先入観を覆(くつがえ)すものだったのです。定頼はその返歌のみごとさには逃げ去るしかありませんでした。歌を詠みかけられたら、返歌するのが作法の基本であり、貴族たちの常識でもありまた。「お変わりありませんか」と言われたのに何も答えず去るのは非常識であるのと同じ。それもできないで袖を振り切って逃げたところに、場面が浮かぶような感じがします。本文現代語訳はこちらへ。その返歌は次の一首です。



大江山いくの道の遠けれぱまだふみも見ず天橋立
(現代語訳…大江山を越え、生野を通る丹後への道は遠すぎて、まだ天橋立の地、丹後には行ったこともありませんし、母からの手紙も見てはいません。)


 五·七·五·七·七音という、わずか31音で作る歌で、下のような修辞(表現技法)を駆使して、しかも、即座に詠むなんて、定頼が逃げ出したのが納得されます。その修辞とは次のようなものです。

①「天橋立」(あまのはしだて 日本三景の一つ。こちらへ。)は「丹後(現在の京都府北部。)」の代表的歌枕(うたまくら)であり、「丹後」をここでの話題にふさわしく、その代表的歌枕天橋立」で示しているわけです。その途次にある「大江山」「生野」も歌枕


 歌枕とは、古来和歌によく詠みこまれてきた名所のことです。たとえば、吉野だったら「」そして「」が、さらには、立田山だったら「もみじ」が美しいとか、飛鳥川(あすかがわ)は「世の無常」を感じさせるとかいうものです。

 いくの」が地名「生野」の「」と「行く」、「ふみ」が「」と「踏み」の掛詞になっている。〘日本語の一単語が、基本的に2音か3音か4音と少数からなり、音韻数も50+アルファなので、同音異義語が多いことから発展してきた修辞法なのです。

③「踏み」と「」が縁語になっている

 縁語とは、 主想となる語と意味上関連し合うようなことばを、他の箇所に使用して、表現の情趣やあやをつけ修辞法。掛詞と合わせて用いることも多い。たとえば、「玉の絶えなば絶えながらへば しのぶることの弱りもぞする 」(式子内親王=しょくしないしんのう。訳=私の命よ、絶えるならいっそ絶えてしまってくれ。このまま長く生きながらえて いると耐え忍ぶ力が弱まって人に知られてしまうから。)この歌の場合、「絶ゆ(切れる)」「ながらふ(長くなる)」「弱る」は「(細いひも)」の縁語として使われています。


 『百人一首』にもとられ誰もが耳にしたことのあるこの「大江山」の歌、これほどの超絶技巧の歌を即座に詠める才能には驚愕してしまいます。

 藤原定頼さん、実際は、優れた歌人であり能書家(のうしょか)です(こちらを)が、軽薄(けいはく)な引き立て役になって名を後世に残すことになってしまって気の毒かな。

「小式部の内侍が大江山の歌の事」原文/現代語訳こちらへ。


  死神もうならせた小式部

 『古今著聞集』(175)には、もう一つ小式部の内侍の話が残されています。

 小式部が重い病気にかかってもはやこれまでという状態になったとき、母和泉式部が傍らで泣いていると、小式部は目をわずかに見上げて、和泉式部息の下で次の歌を詠みました。

  いかにせむ行くべきかたもおもほえず親にさきだつ道を知らねば

  (私はもはや生きられそうにありません。親に先立って死ぬ不幸を思うと、どうしたらよいか途方にくれるばかりです。)


 すると、天井からあくびをかみ殺したような奇妙な声で、「あらかわいそうに」という声が聞こえてきました。すると、熱もなくなって病が治ってしまったのです。病人の死を待っていた鬼は、小式部の歌の真心に打たれて、その場を去って行ったようです。優れた歌によって命拾いをしたのです。

 この二つの話、優れた歌は聞く人も鬼神をもを動かすという和歌の力という点で共通すると見てよいでしょう。


小式部内侍が大江山の歌の事 問題

小式部内侍が歌の事 問題 解答(解説)

問1 見る  未然形

(Aの歌中にあります。「見る」はマ行上一段活用、「み」は未然か連用、「ず」に接続しているので未然形と判別。上一は、ヒ・イ・キ・ニ・ミ・ヰる


問2 解答例…歌合で出詠する歌を、母の和泉式部に助言(代作)してもらうため。

(母親〈和泉式部〉は当代一級の歌人として著名だった。揶揄です。)


問3 みす

(「」「直衣」も出題されます。)


問4(1)「いくの」が地名「生野」の「生」と「行く」を掛け、「ふみ」が「文」と「踏み」を掛けている。

  (2) 「踏み」と「橋」


問5 

(優れた技巧的な歌を即座に詠んで、からかった定頼を恐れ入れさせたというレジェンドになっていたということになります。)

a.Q 

1  解答例…「天橋立」は「丹後」の代表的歌枕だから、「丹後」を歌合せの話題にふさわしく、その代表的歌枕「天橋立」で示すため。
 (「歌枕」とは、古来歌に読み込まれてきた名所のこと。志賀(しが)・ 鳰海(におのうみ)・逢坂・逢坂の関(おうさかのせき)など多数。)


2 解答例…小式部内侍が即座によんだ歌が抜きん出て優れていたから、「返事はないだろう。」「歌は上手ではないだろう。」という思い込んでいた定頼は、虚(きょ)をつかれて驚きあわててしまったから。
(母親は女流歌人として一流の人だが、その娘も歌の才能があるわけはない、からかっても返事はあるまいという定頼の思い込みと、小式部の当意即妙で機知のきいた秀歌二項対立でとらえられます。人は、思い込みが強いほど、その思い込みとは異なる現実に直面するとうろたえてしまうもの。)
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